第43話 賢者は新たな配下を連れ帰る
「ふむ、こんなものか」
術を終えた私は腕を下ろす。
目の前には氷の山があった。
帝都の家屋を押し退けるようにそびえている。
私はその頂上付近に注目する。
氷の内部に人影が閉じ込められていた。
斧を持ったドルダである。
ドルダは身動きが取れずに固まっていた。
微かに呻き声が聞こえる。
意識はまだあるらしい。
アンデッドになった彼は、ああいった状況でも活動が可能なのだ。
デュラハンと化したドルダとの戦いは、大した時間もかからずに終わった。
確かにドルダは強靭な力を持っている。
生前よりも出力の高い身体強化と雷魔術を、僅かに残った自我で巧みに駆使してきたのだ。
アンデッドになったことで肉体負荷を考慮する必要がなくなり、純粋な膂力も向上している。
人間なら致命傷となり得る怪我でも、平然と動くことができる。
生前と比べても、さらに手強い存在と言えよう。
だが、所詮はアンデッドである。
命令を聞かないとは言え、私の支配下にいることに変わりはない。
死者の谷の権能を保有する身からすれば、苦戦するはずのない相手だった。
戦い方も知っているので、あとは魔術で着々と追い詰めるだけである。
私が敵わない道理などない。
氷の山からドルダのいる箇所だけを切り取り、眼前まで移動させる。
彼は妙に大人しく、敵意等は感じられない。
二度の敗北を突き付けられたことで、彼の中で主従関係が構築されたのだろうか。
いつまでも反抗的だと困るので良かった。
ドルダは殺さず、このまま王都に持ち帰るつもりだ。
理性に乏しいため幹部は任せられないが、強力な戦力には違いない。
敵陣に突貫させれば、さぞ活躍してくれるだろう。
私はドルダと他のアンデッドと共に王都へ帰還する。
新たに増えたアンデッドは王都の未使用区画に保管しておいた。
氷漬けのドルダだけを連れて城へと向かう。
すると、私の帰還を察知したグロムがすぐさま出迎えに来た。
「魔王様! おかえりなさい、ませ……?」
グロムが発言の途中で硬直する。
彼は背後のドルダを凝視していた。
続けてぶるぶると震え出す。
なぜか動揺しているようだ。
グロムは咳払いのような動作で平常心を取り繕う。
「……その氷漬けの不死者は、何者ですかな?」
「"雷轟のドルダ"と呼ばれる男で、帝国の将軍だ。私の瘴気と親和してデュラハンになった」
「さ、左様ですか……」
グロムの声が上ずっている。
本当に様子がおかしい。
体調不良だろうか。
アンデッドがそのような状態になるとは考えにくいが、グロムは特殊な方法で誕生した個体だ。
彼にしか起きない症状があるのかもしれない。
「えっ、ひょっとしてあの"雷轟"なの!?」
彼方から驚きの声が上がった。
城の窓から飛び出したルシアナによるものだ。
彼女は滑空して私達の前に着地すると、氷漬けのドルダをペタペタと触り始める。
「ルシアナは知っていたか」
「当たり前よ。先代魔王様に仕えていた時、ドルダの海賊団には何度も悩まされたわぁ。魔族が相手でも平気で略奪してくるんだから」
ルシアナはため息混じりに肩をすくめる。
過去の苦労を思い出しているのだろう。
国に属さない組織でありながら、ドルダの率いる海賊団は相当な力を有していた。
魔族ですら手を焼いていたのは知っていたが、こうして実際に話を聞くのは初めてだ。
言葉に重みが感じられる。
「殺しても死なないような男と思ってたけど、相手が悪かったようね。それで、意識は残っているの?」
「一応は残っている。欠片のようなものだがな」
私は頷きながら答える。
ドルダが首を求める行為には、明確な目的意識があった。
自我がなければ、他のアンデッドのように徘徊するだけの存在になっている。
そもそも私の命令に反することもなかったはずだ。
私は氷の拘束を解除する。
氷が急速に溶け、中からドルダが出てきた。
念のため、複数の禁呪による魔術的な封印を施しておく。
見た目に大きな変化はないが、何らかの術を使おうとすると、内包する魔力や瘴気が霧散するように仕組まれていた。
これでドルダは本来の力を出せない。
戦闘能力はただのアンデッドと同程度まで落ちている。
暴れることは不可能だろう。
「首……儂、ノ首……」
ドルダが虚ろに呟く。
やはり戦闘の直前よりも落ち着いていた。
心なしか、肩を落としている気がする。
その時、載せていた首が落ちた。
首無しになったドルダは、途端に黙り込む。
ルシアナが落ちた生首を拾って元の位置に戻すと、蒼い目が光った。
そして口が動き出す。
「何処ダ……首、ヲ寄越セ……」
「もしかして、首がないと喋れないの?」
「そのようだ」
アンデッドの発声器官は謎に包まれていた。
私やグロムのように、骨だけでも会話ができる者もいる。
デュラハンの生態は不明だが、同様に奇妙な性質を持つようだ。
「ぐぬぬ、自我を持つ不死者の配下とは、我と立ち位置が被っている気が……」
こちらに背を向けたグロムが、ぼそぼそと唸っている。
何かを心配しているらしい。
先ほどから様子がおかしいのは、その心配事が原因なのかもしれない。
「グロム、大丈夫か」
「は、はい! 我はいつでも元気ですぞ! この通り、生き生きとしております!」
私の声を受けたグロムは、直立不動になって返答する。
片目の炎が轟々と燃え盛っていた。
それを見たルシアナは、皮肉っぽく笑う。
「……アンデッドが生き生きって、すごい冗談ね。爆笑ものだわ」
嘲笑されたグロムは、どす黒い殺気を帯びる。
彼は瘴気を漂わせながら、ルシアナに詰め寄った。
「我をまた愚弄するか、小娘。その余計な口を縫い付けてもいいのだぞ?」
「いやん、怖いわ。魔王サマ助けてー」
ルシアナはわざとらしく怖がってみせる。
彼女は嬉々として私の腕に抱き付いてきた。
「これ! 離れぬか! 薄汚い手で魔王様に触れるなッ!」
グロムが大慌てでルシアナを引き剥がしにかかる。
ルシアナは首を振ってそれを拒否する。
日常的に行われるやり取りだ。
もはや慣れ親しんだじゃれ合いである。
(さて、待機中の魔王軍のもとへ向かうか)
私は二人の幹部をよそに思考する。
帝国との交戦はひとまず終結したと言っていいだろう。
既に後処理の段階に移行しつつある。
帝都では不測の事態に見舞われたが、こちらに損害はなかった。
ドルダという優秀な戦力も加入し、侵攻した分の領土も奪うことができる。
成果としては上々だろう。
「……まったく、とんでもない存在に関わってしまったのう」
背後から呆れを含んだ声がした。
私は思わず振り返る。
「儂の首……何処ニ……」
ドルダが虚ろな調子で呟いていた。
同じような言葉を延々と繰り返している。
決して演技ではない。
しかし、彼は流暢な口ぶりでぼやいた。
(一瞬だけ生前の意識が浮上したのか?)
この状態で正気に返ることができるとは、つくづく強靭な精神を持つ人間である。