第42話 賢者は帰還を阻害される
魔術工房から資料を拝借した私は、試作の兵器類と外壁の魔導砲をまとめて王都に転送する。
城内の誰も立ち入らない場所なので、迷惑はかかっていないだろう。
資料も合わせて転送しておく。
これで求めていた情報は手に入った。
魔王軍の戦力強化も図れるだろう。
続けて私は、帝都の中央にそびえる城に転移した。
そこで主戦派の貴族と皇帝を殺害する。
事前情報で顔と名前は把握していた。
多少は抵抗されたものの、所詮は誤差の範囲に過ぎない。
英雄と称するだけの実力者も不在だった。
これまでの魔王軍による侵攻で戦死したのかもしれない。
私は基本的に城で待機して戦況を聞くのみだったが、何度となく蹂躙劇が行われたらしい。
グロムとヘンリーが参戦していたのだから、そうなってしまうのも無理はない。
よほどの規格外でなければ、彼らに対抗するのは不可能である。
主戦派の排除については取りこぼしがあるだろうが、穏健派と中立派が割合的に大きくなれば問題ない。
あとは自ずと国全体の方針が変わっていく。
そもそも、現在の帝国は他国に戦争を仕掛けられる状態ではない。
この壊滅した帝都で戦争や侵略を推進しても、ただの虚勢としか捉えられない。
どう転んだとしても、しばらくは大人しくなるだろう。
それだけで十分である。
「これに懲りたのならば、二度と私に逆らうな」
見逃した者達にそう告げて、私は城の外へ出る。
脅しが効くかは彼ら次第だ。
魔王に対抗すること自体は問題ない。
ただし、その過程で他国を陥れようとするのは駄目だ。
人間同士の争いは引き起こさせない。
今後、良からぬことを企むのならば、帝国は滅ぼしてもいい。
ばらばらに解体された国の残骸は、他国が群がって吸収するだろう。
場合によってはその展開も視野に入れてある。
それでも無闇に滅ぼしたくはないので、私の理想に沿って動いてくれることを願うばかりだ。
何はともあれ、これで帝都における目的はすべて果たした。
あとは占領した都市で待つ魔王軍に合流して、新たな国境を築くだけである。
多少の手間はあるものの、そこまで面倒な作業でもない。
基本的には王国内で繰り返してきた行為をなぞるだけでいい。
奪い取った領土の扱いに関しては、後ほど考える。
当分は放置することになるだろう。
余計な反乱を企てられても面倒なので、人員の徴収くらいは実施すべきかもしれない。
これからの予定を考えつつ、私は都市内を徘徊するアンデッドを一斉に停止させる。
帝都は既に十分すぎるほどの損害を与えた。
これ以上は本当に滅んでしまう。
感知魔術で探ってみたところ、生き残った人々の大半は帝都の数ヶ所に避難しているらしい。
丈夫な建物に隠れて、上手くアンデッドをやり過ごしているようだ。
生き残りとアンデッドの数を比べるに、帝都の人口の何割かが犠牲になっていた。
ちょうどいい具合だろう。
やり方にもよるが、帝国内の他の領土と協力すれば再起は可能だろう。
私はアンデッドを引き連れて王都に帰還しようとして、寸前でそれを中断する。
未だに暴れ続けるアンデッドの存在を探知したためだ。
命令を聞かずに、生き残った人々を殺戮している。
(一体どういうことだ?)
私は思わず訝しむ。
今まで起こらなかった現象であった。
この感覚からして、暴れているのは私の手によってアンデッド化した者だ。
おそらくは支配が完全ではないのだろう。
個体に残る自我が抵抗しているのである。
私の命令を跳ね除けるほど、よほど強靭な精神力の持ち主らしい。
そうとしか考えられなかった。
とにかく、放置するわけにもいかない。
帝都には暴走するアンデッドを止められるだけの者がいなかった。
兵士達もほとんどがアンデッドの仲間入りを果たしている。
私は転移魔術で現場へと駆け付ける。
そこは帝都の噴水広場だった。
感知魔術で把握した通り、件の個体は血みどろになって暴れている。
朱い全身鎧に全身を迸る紫電。
最大の特徴として、そのアンデッドには首から上が存在しない。
首無し騎士――デュラハンだ。
デュラハンは薪割り用の斧を携えていた。
そして、逃げ遅れた人間の首を背後から刎ねる。
転がる首を掴み上げると、自身の頭部にあたる位置に据えた。
「…………」
仮初の頭部を得たデュラハンは急に落ち着いた。
その場で立ち止まって殺戮を止める。
しかし、首がぐらついて落下すると、咆哮を上げてまた動き出した。
今度は佇むグールの首を切断し、それを再び自身の頭部のように据え置く。
納得できなかったのか、すぐに癇癪を起こして殺戮を再開した。
どれもこれも意味不明な行動である。
しかも、生者とアンデッドを無差別に殺し回っていた。
広場には無数の首が散乱している。
もっとも、デュラハンの奇行はどうでもいい。
私の関心は、その風貌に注目していた。
見覚えのある装備に、音を立てて弾ける紫電。
該当者は一人しか思い浮かばない。
(間違いない。あれは"雷轟のドルダ"だ)
私に殺されたドルダは、意図せずアンデッド化したらしい。
首を斬り飛ばした際、体内に瘴気が流入し、偶然にも変貌したのだろう。
無論、そう簡単に起きる現象ではなかった。
ドルダ自身に素質があったことに加え、私の不死者としての側面が強すぎたに違いない。
死を迎えたはずの彼に、影響を与えてしまったようだ。
私が推測している間にも、ドルダが別の人間を斬り殺す。
そして、首を自らの物のように据え置いた。
髭を蓄えた中年男のものだ。
どことなく生前のドルダと似ている。
私はドルダに向けて火球を飛ばした。
ドルダは驚くほど機敏な動きで斧で振るい、迫る火球を掻き消す。
刃に雷魔術が付与されていた。
偽りの頭部が、ゆっくりとこちらを向く。
目の覚めるような蒼い双眸だ。
生前の彼を彷彿とさせる瞳をしている。
「首ダ……首、ヲ……寄コセ」
ドルダは他人の口を借りて声を発する。
虚ろだった顔が憤怒を主張する。
「儂ノ、首……何処、二アル……」
その言葉を聞いて、私はドルダの行動原理を理解した。
彼は失った首を求めている。
だから他者の首を奪っているのだ。
なんとも迷惑極まりない話だが、原因は私にあるので批難はできない。
「お前の首は消滅した。もう存在しない」
私は彼に告げる。
挑発などではなく事実だ。
ドルダの首は、瘴気の炎に焼かれて塵になってしまった。
彼がどれだけ探しても、見つかることはない。
その途端、ドルダの纏う紫電が激しさを増した。
目を覆わんばかりの輝きだ。
薪割り用の斧が、軋みながら魔力の奔流を耐えている。
あの斬撃を受ければ、只では済まない。
そう予感させるだけのものがあった。
たとえ人間をやめても、かつての大海賊は相応の覇気を有している。
(――来る)
確信した瞬間、ドルダが駆け出した。
動きは生前の最高速度を超えている。
魔術強化で動体視力を上げていなければ、到底見切ることができない。
暴風の如き勢いを以て、ドルダは斧を掲げて襲いかかってきた。




