第41話 賢者は帝都の兵器を見て回る
帝都地下に広がる魔術工房。
私はその中を巡っていた。
迫る魔術師を殺害し、結界を破りながら進んでいく。
片手には紙の束を抱えていた。
この魔術工房で見つけた資料である。
資料によると、帝国は砲以外の兵器も開発中らしい。
現時点で完成しているのはあの砲台のみのようだ。
あと数十日ほど野放しにしていたら、さらに数種類の兵器が実装されていただろう。
広大な工房なので、まだ一部しか探索できていない。
残る部屋も調べて、それらしき資料はすべて持ち帰るつもりである。
余談だが、集めた資料の記述から、提携する国の存在も特定した。
帝国に資材や試作品、技術者等を提供している国だ。
時期的には、私が魔王になる前からの付き合いらしい。
ただ、ここ最近の研究は特に熱心に感じられる。
明らかに対魔王を視野に入れているようであった。
提携国の処分については一旦保留にする。
此度の戦いで傾いた帝国を、裏で援助してもらわねばならないからだ。
提携国としても、ここで帝国が倒れるのは不都合だろう。
放っておけば、必ず手助けするはずだ。
(それでいい。人類には手を取り合ってもらわなければ)
引き続き工房内を探索していると、開けた空間を発見した。
内側を特殊な金属で覆われた部屋だ。
耐久性が非常に高く、魔力の漏出を防ぐ処理も施されていた。
なかなかに厳重な設備である。
室内には製造途中の試作品がいくつか置かれていた。
私はその中の一つを手に取る。
机に置かれていたもので、外見は小型の砲だ。
その一端に握りが取り付けられている。
部品の足りないクロスボウに酷似していた。
(これは資料に記述されていたな)
私は道中で収集した資料をめくる。
すぐに該当箇所を見つけた。
これは鉄砲と呼ばれる武器らしい。
炸裂の術式が仕込んでおり、それによって専用の弾を飛ばすそうだ。
性能面で様々な課題があるそうで、今は調整中とのことであった。
私はその武器を試しに構えてみる。
資料に使い方が書かれていたのでそれを真似た。
重心が偏っているのか、狙いが付けにくい。
軍事にはあまり詳しくないものの、確かに未完成の印象を受ける。
この鉄砲を含めた試作の兵器は、後で王都に持ち帰る。
空間操作の禁呪を使えば簡単だ。
世界樹の森そのものを運べたのだから、この程度は時間もかけずに転送できる。
王都には、この工房のような研究施設を建造してもいいかもしれない。
配下の中から知識のある者を集めれば実現可能なはずだ。
せっかく鹵獲するのだから、兵器開発も進めてみたかった。
これに関しては、後ほどグロムやルシアナに相談しようと思う。
試作品の並んだ空間の隣には、棚の並ぶ部屋があった。
棚には大量の資料がはち切れんばかりに詰め込まれている。
種類別に辛うじて分類して保管されているようだ。
(何の資料だ?)
私は試しに手に取った資料を読み始める。
そこには、外壁に設置された砲台に関する概要が載っていた。
あの兵器の名称は魔導砲といい、魔術師や弓使いの射程外から攻撃するための兵器だそうだ。
拠点防衛における迎撃の要とする予定だったらしい。
開発が始まったのは五年前。
提携国の協力を得て、秘密裏に研究を進めている。
その後、今代魔王の登場を受けて、聖属性の付与にも着手した。
ただの迎撃兵器から、アンデッド特攻の兵器に転換したというわけである。
概ね予想通りの経緯であった。
続けて私は、近くに保管されていた資料を漁る。
その中で魔導砲の設計者が書いたと思しき文書を発見した。
日誌のような形式となっており、なかなかに分厚い。
せっかくなのでこの場で読んでおこうと思う。
非常に高性能な魔導砲だが、当初は製造に難航していた模様だ。
年単位で成果が出ず、国の上層部から圧力がかかることも少なくなかったらしい。
それに対する愚痴や皮肉が延々と綴られる箇所があった。
設計者の苦悩には興味がないので読み飛ばしていく。
私の目に留まったのは、文書の後半部分だ。
話題が今代魔王になった辺りである。
紙をめくる手を緩めて記述に注目する。
ある日、設計者は上層部から新たな命令を受けた。
それは魔導砲の弾に聖属性を組み込むようにという指示だ。
言うならば、魔王に対抗するための改造である。
砲台そのものの設計すら碌にできていない状況で、設計者は三日三晩に渡って頭を悩ませる。
軽々しく改造できるものではなかったが、彼は断る気概も権限も持たない。
そろそろ成果を出さなければ、処罰を与えられかねない状態だった。
極限まで追い詰められた設計者は、突如として天啓を得る。
彼は書きかけの設計図を破棄し、ただ閃きのままに魔導砲の構造を見直した。
そうして、あっという間に新たな試作品を造り上げた。
今までが嘘のように開発は円滑に進行し、間を置かずに完成品の量産に漕ぎ着けたのだという。
設計者の興奮がありありと記されている。
それ以降は、自慢を交えて魔術理論が記されていた。
内部構造の意図や仕掛け等も書かれてある。
魔導砲の完成がよほど嬉しかったのだろう。
文書の最後には、注釈を加えた設計図の雛形も掲載されていた。
「…………」
それらを読み終えた私は、額に手を当てる。
軽い立ちくらみに襲われて、思わず壁に背を預けた。
人間の身なら、ため息を吐いていただろう。
(何もかもが、滅茶苦茶だ……)
無論、設計者の文書に対する感想である。
この魔術理論と設計では、魔導砲が安定するはずがない。
下手をすれば大爆発で工房が吹き飛んでしまう。
それにも関わらず、あの砲は完成している。
偶発的な閃きの数々が、何かの冗談のように噛み合っているのだ。
現在は魔王とはいえ、私も生前は賢者と呼ばれていた。
十年の空白期間があれど、魔術的な知識は堪能だと自負している。
設計図の内容も理解できているつもりだ。
この文書に記載された方法では、成功率が極めて低い。
仮に形になったとしても、あの魔導砲のように安定した性能にはなり得ないだろう。
文書に目を通した限り、設計者の魔術知識は浅い。
一般的な魔術師に比べれば精通しているが、おそらく私の方が博識である。
設計図にはいくつもの粗が散見され、突発的な改変も非常に多い。
なぜ上手くいったのか、設計者自身が理解できていない箇所も珍しくなかった。
開発に携わった者達も同様の反応だったそうだが、そういった疑問は完成の喜びに押し流されてしまったようだ。
量産も怠りなく進んだため、誰も問題にしなかったに違いない。
(――明らかに何らかの介入が為されている)
情報を総括した私は結論付ける。
そうでなければ説明できなかった。
とは言え、何者かの企みでどうにかなる領域でもない。
考え得る可能性を挙げるならば、世界の流れだろう。
魔王を滅ぼそうという因果が働いたのだ。
そう解釈すると、この不自然な現象にも納得できる。
世界からの後押しは、何も勇者の覚醒だけではない。
今回のように、天啓や奇蹟といった形でも現れるのだ。
私の推測に過ぎないが、大きく間違ってはいまい。
これは本格的に油断できない事態になってきた。
水面下でも、私を抹殺するための動きが進んでいるのである。
それも同時進行で多面的な展開だ。
世界はどこまでも人間の味方をしている。
これが判明しただけでも、此度の帝都侵攻には価値があった。
対策は困難だが、この現象を想定して方針を決められる。
魔王という存在は、徹底的に排除されるべきものらしい。
それを再認識した瞬間であった。