第37話 賢者は帝都の洗礼を受ける
魔王領各地から人員が提供されて早数日。
ふと思い立った私は、城のバルコニーへ赴いた。
そこから城下街を眺める。
視線を巡らせると、人間の集まっている区画を見つけた。
この前までは無人だった場所だ。
提供された人々はあそこで暮らしている。
放置された家屋をそのまま使っており、他の物資面でも不足はない様子であった。
同じ王都内でも魔物達の住まいとは離れている。
両者の仲は良いとは言い難い。
既に喧嘩とは呼べない段階の争いが何度か勃発していると聞く。
同じ地で暮らす者同士、仲良くできるのが理想だった。
種族の垣根を越えた付き合いをしてもらいたい。
私はそれが可能だと考えている。
実例があるためだ。
元は旧魔王軍残党の奴隷だった人間達は、今では魔物達と平然と共同生活を送っていた。
気のいい隣人や同僚として、過去の因縁を抜きにして接している。
この特異な環境が、彼らの距離を強引に縮めたのだろう。
此度の人員提供でやってきた者達もそのようになると嬉しい。
今のところは解決策もなかった。
時が解決してくれるのを待つのみである。
(情けない魔王だな……)
こういった時に自らの無力さを味わう。
私が行使できるのは暴力だけだ。
その一点においては他の追随を許さないが、こういった繊細な問題に直面すると、途端に何もできなくなる。
人間関係については、生前の頃から得意ではなかった。
不死者となったことで、余計に苦手意識が強くなった気がする。
これで魔王を名乗っているのだから、おかしな話であろう。
ただ、乗り越えるべき課題には違いなかった。
力だけでは世界の悪として君臨し続けられない。
私も成長していかなければ。
「魔王サマーっ」
自己嫌悪混じりの考えに没頭していると、能天気な声が聞こえてきた。
そばに浮かび上がってきたのはルシアナだ。
城の庭から飛行してきたらしい。
彼女は報告書を片手に話し始める。
「問題発生……というほどでもないけど、ちょっと報告に来たわ」
「どうした」
私が続きを促すと、彼女は報告書をめくる。
「骨大臣からの連絡よ。帝国軍が奇妙な兵器を使っているから、魔王サマに見てほしいって」
「奇妙な兵器、か……」
私は顎を撫でつつ思案する。
帝国が何らかの兵器を開発したのだろうか。
別段、技術力が高い印象はなかったのだが、報告が虚偽とは考えづらい。
しかし、世界樹の森で殲滅した際も、帝国軍に目立った点はなかった。
(もしや秘密兵器を隠して持っていたのだろうか)
帝都付近まで攻め込まれたことで解禁したという可能性は、否定できない。
対策されることを恐れている場合、なるべく使いたくないと考えるはずだ。
私も同じ立場ならそうするだろう。
何にしろ、グロムが私に見てほしいと言うほどだ。
無視するわけにもいかなかった
私自身、純粋に興味もある。
「戦況的には苦戦しているのか?」
「うーん、報告の感じからして大丈夫そうね。一応、距離を取って様子見しているみたい。被害を増やさないためらしいわ」
「そうか」
悪くない判断である。
慢心して攻撃を行って、手痛い反撃を受けては目も当てられない。
配下の命を優先する方針を守っているようだ。
「どうする? 見に行っちゃう?」
「ああ。ついでに帝都に打撃を与えてくる」
私がそう答えると、ルシアナは額に手を当てて嘆息した。
彼女は芝居がかった動きで肩をすくめる。
「出たわ魔王サマの趣味……あっ、どちらかと言うと侵略依存症かしら」
「趣味でも依存症でもない。必要な行動だ」
「ふふ、そうだったわね」
ルシアナは嬉しそうに微笑する。
今のやり取りの何が面白いのだろうか。
彼女の感性はさっぱり分からない。
私は転移魔術の準備を進めつつ、遥か遠方にいるグロムの気配を捉える。
このまま彼のもとへ移動するつもりだ。
無尽蔵に溢れる魔力があれば、それくらいは造作もない。
「行ってくる」
「はーい、気を付けてね」
ルシアナは気楽そうに手を振る。
その手には、いつの間にか赤い液体の入ったグラスがあった。
おそらくは果実酒だろう。
言外に同行する気はないと主張している。
たぶん戦闘が面倒なのだろう。
仕方ないので、置き土産の言葉を彼女に告げることにした。
「不在の間はグロムを常駐させる。二人で仲良く待っていろ」
「わお、すごく嬉しい」
ルシアナは、欠片の感情もこもっていない声音で言う。
彼女の目は見事に濁っていた。
それだけグロムと二人きりでいることが嫌らしい。
いつも軽口でじゃれ合っているというのに、なんとも不思議な関係である。
だらけるルシアナをよそに、私は転移魔術を起動した。
◆
転移先は荒れ果てた大地が広がっていた。
あちこちが陥没し、大きく抉れている箇所も多い。
遠くには巨大な外壁を持つ都市が見えた。
位置的にあれが帝都だろう。
「ややっ! これはこれは魔王様!」
下から聞き馴染みのある声がした。
見れば地面の亀裂の隙間に、グロムが窮屈そうに潜んでいる。
半ば挟まっているような形だった。
彼は顎骨を鳴らしながら、私の到来を歓喜する。
「わざわざお越しくださり、誠にありがとうございます。このグロム、感謝のあまり涙が出そうですぞ」
「奇妙な兵器があると聞いた。それはどこだ」
大袈裟な称賛を流しつつ、私はグロムに尋ねる。
彼は人差し指を帝都に向けた。
「あちらですな。小癪なことに、遠距離から我々を狙っております。我や弓兵なら破壊できますが、その前に魔王様に見ていただきたかった次第でございます」
「ふむ」
私は帝都の城壁を注視する。
そこには、等間隔で金属の箱が並んでいた。
一つの箱が家屋程度の大きさだ。
箱の側面には、筒が取り付けられていた。
表面に術式が刻まれており、仄かに光を灯している。
形状的には大砲に近いが、明らかに構造が異なっていた。
あそこまで巨大なものも見たことが無いので、おそらくは別物だろう。
確かに異様な兵器である。
グロムが私の指示を仰いだのにも納得だ。
「他の者はどこにいる」
「弓兵と共に、後方にある占領済みの都市で休息中でございます。あの兵器の扱いを決めてから、再び出軍させるつもりでした」
「良い判断だ。よくやった」
「あっ、ありがたき幸せです!」
喜びのあまり、グロムの頭部全体を炎が包み込む。
実際、世辞でもなく良い判断であった。
とりあえず、あの兵器を調べる必要がある。
帝国の技術力で製造されたとは考えにくい。
或いはこの十年で新たな魔術体系でも見つかったのだろうか。
そういった話は聞いた覚えがなかった。
確認のため、私は力場を作って宙を歩き出した。
そのまま帝都への接近を試みる。
「魔王様、お気を付けを。不用意に近付かれると……」
背後のグロムから警告が発せられる。
彼が言い終わらないうちに、複数の砲身が駆動した。
一斉にこちらを向いたかと思いきや、魔力を迸らせながら火を噴く。
(――なるほど)
猛速で飛来しながら描かれる螺旋。
音を置き去りにして迫るのは、先端が丸みを帯びた金属の円柱だった。




