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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

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第35話 賢者は新たな脅威を予感する

 王城の謁見の間。

 私は寄せられる報告書の山に目を通していた。


(悪くない流れだ)


 魔王軍は帝国領への侵略を開始し、領土の端から攻撃を行っている。

 だんだんと戦禍を押し広げているそうだ。


 これに関して、私はほとんど関与していない。

 魔王軍の幹部――グロム、ルシアナ、ヘンリーの三人に任せている。

 日常的にいがみ合う彼らだが、なんだかんだで仲は良い。

 連携は抜群だった。

 それぞれの得意分野を弁えており、上手く行動できている。


 最近では、余剰戦力となっていたアンデッドをグロムが合成し、キメラの一種にして運用しているらしい。

 彼なりに魔王軍の戦力強化を図っているようだ。

 実に喜ばしいことである。


 さらに一部のエルフが魔王軍に所属していた。

 弓の名手であり、精霊魔術の使い手でもある彼らは非常に優秀だ。

 まだ若干の距離感はあるようだが、互いに協力して戦っているという。


 世界樹の森では、他のエルフ達が以前と変わらない生活を送っている。

 周辺諸国には、魔王領の隷属地であると正式に通達してあった。

 エルフ達にはこちらから干渉はせず、彼らが自由に過ごせるように配慮している。


 エルフ達を奴隷のように扱いたいわけではない。

 本音を言えば、必要な時に手を貸してくれればいいだけだった。

 無論、その態度を出せば魔王の威光が揺らぐ。

 だから一部のエルフを魔王軍に加入させた。

 旧友が族長を務めるからと言って、種族全体を贔屓にするわけにはいかない。


 報告書の束をめくっていると、扉がノックされた。

 向こうから声が聞こえてくる。


「魔王様。人間の領主がお越しです」


「通せ」


 報告書を脇に置いて答えると、扉が開いた。

 文官服を着たサキュバスが先導するのは、上等な装いの人間達だ。

 その格好とは裏腹に、おどおどとした態度を取っている。

 せわしなく動き回る視線は、私を目にした途端、明確な恐怖を抱いた。


 彼らは服従を示した街の人間だ。

 かつて王国の領主だった者達である。

 とある用件を口実に、私が呼び出したのだ。


 領主達はぎこちない動きで跪く。

 彼らは震えながらも挨拶を始めた。


「ま、魔王様、本日は私共を招致くださり、誠に……」


「前置きはいい。面倒だ」


 私は遮るように告げる。

 玉座で足を組みながら、領主達を一瞥した。


 たったそれだけの動作で、彼らは顔面蒼白になる。

 今にも気絶しそうな者もいた。

 彼らにとっては死と隣り合わせの状況だろう。

 私の機嫌一つで命を失いかねない。


 ただ、私からの呼び出しを無視するわけにもいかなかった。

 どのような罰が与えられるか分かったものではない。

 断りたい気持ちを堪えて、こうして遠路はるばるやってきたに違いない。


「通達していた魔王軍への人材提供だが、答えは用意してきたか」


「そ、それがですね、やはり希望者が思ったように募らず難航しておりまして――」


 領主の一人が口ごもる。

 他の者達も同じような様子だった。

 足を組み直しながら、私は冷徹な口調で尋ねる。


「――私の要請を拒んだ、という解釈でいいな?」


「すっ、すぐに派遣致しますッ! ど、どうか、三日! 三日だけお待ちくださいませッ!」


 平伏した領主達は、慌ただしく謁見の間を出ていった。

 足音は急速に遠ざかっていく。

 案内役のサキュバスは、深々と一礼してから退室した。


(まったく、困った連中だ)


 彼らは譲歩を希望していたのだろうが、そういったものには応じない。

 あれだけ丁寧に脅したのだから、今度こそ人材を用意するだろう。

 でなければ、どこかの領地を滅ぼさねばならない。


「魔王サマ、入るわよー」


 気さくな声と共に扉が開いた。

 ゆらりと姿を現したのはルシアナだ。

 彼女は私のそばまでやってくると、玉座にもたれかかってくる。


 グロムが見れば激怒しそうな態度だが、この場に彼はいない。

 私自身、ルシアナの奔放な言動が気にならないので好きなようにさせていた。

 担当の仕事さえしてくれれば十分である。


「人間が怖がってたけれど、また何かやったの?」


「人材提供の念押しをしただけだ」


 私が答えると、ルシアナは唇に指を当てた。

 彼女は眉を下げて不思議そうな表情を見せる。


「あぁ、その件ね。どうして人間を魔王軍に加えたいの? 別に今の戦力で十分じゃない?」


「あまり放置しすぎると、反乱を目論む可能性がある。適度に戦力を引き抜けば、彼らも迂闊な真似はしないだろう」


 実際、裏で他国と繋がりを持とうとしている領主がいた。

 その者とは二人きりで話し合いの機会を設けた。

 恐怖で窒息寸前になりながらも忠誠を誓ったので、今はもう大丈夫だ。


 ただ、その領主のように不穏な動きをする者が出てくるのは、仕方のないことではある。

 服従した領地に関しては、基本的にこちらから介入していなかった。

 魔王が甘いという認識でも持っているのだろう。

 私の制裁が緩すぎたというのもあった。


 だから、今後は不定期ながらも介入することにした。

 場合によっては見せしめも必要だろう。

 彼らに魔王の恐ろしさを再確認させていく予定だった。


 私の考えを聞いたルシアナは、意地の悪い笑みを浮かべる。


「使い潰せる駒が欲しいから、とは言わないのね」


「人間は有用だ。戦力だけでなく、生産面でも役に立つ。専門技術を持った人間を使えば、王都の生活水準も上げることができる」


 何も反乱対策だけで人間を徴集するのではない。

 魔物やアンデッドだけでは、どうしても不都合が生じることが多い。

 そういった諸々の面を補完してもらう役割も兼ねていた。

 確固たる拠点として、王都を繁栄させていきたい。


「そんなことより戦況はどうだ」


「帝国軍のこと? 今のところ絶好調ね。骨大臣がやたらと張り切ってるし、退屈で困っているくらいよ」


 骨大臣とは、グロムのことだろう。

 彼が奮闘しているのならば、さぞ凄まじいことに違いない。

 個人でグロムに敵う者は、ほとんど存在しないのだから。


 アンデッドと魔物だけの軍勢ならば、多少なりとも苦戦を強いられていただろう。

 帝国軍も聖魔術によるアンデッド対策を用意しているはずだ。

 それを突破するのは困難だったと思う。

 戦力を温存せず、幹部を同行させたのはやはり正解だった。


「魔王サマからの指示通り、服従勧告を受け入れた街と村は監視するだけに留めているわ。このまま帝都を目指す形でいいのよね?」


「ああ、そうだ。ただし完全には滅ぼすな。他国との協力を促すんだ。魔王軍は適当なところで侵攻を緩めて、道中の領土を根こそぎ奪い取れ」


 私の命令に、ルシアナは渋い顔をする。

 彼女は小さく嘆息した。


「難しい注文ねぇ……まあ、いいわ。きちんと伝えておいてあげる」


「頼んだ」


「はいはーい、任せてね」


 ルシアナはひらひらと手を振りながら謁見の間を出ていった。

 私は玉座に座り、考え事に耽る。


 王国を占領した魔王軍が、世界樹の森を手に入れて、今度は帝国への侵攻を始めた。

 このままの調子なら、帝国をも瓦解させられるだろう。

 滅亡まではさせないものの、その力は大幅に削げるはずである。

 しかし、私の中には一つの疑念があった。


(――果たして、世界はこの流れを許すのか?)


 悪は正義の力を以て排斥される。

 それが正しい結末だろう。

 いつの時代もその繰り返しだ。

 世界とはそのようにして歴史を紡いできた。


 しかし私は、今代の勇者を打ち倒して滅びの運命を乗り越えた。

 言うなれば理を覆している状態である。

 不条理な展開そのものだ。


 きっと世界は、新たな脅威を差し向けてくる。

 私の滅びこそが正しい流れだから、そうなるように事象を弄るのだ。

 不死の魔王を討滅するに足る存在を用意してくる。


 現状、魔王軍は怒涛の快進撃を繰り広げていた。

 それ自体は歓迎して然るべきことだが、決して慢心はできない。

 いずれ破綻を招く要因が現れる。

 今代の勇者が覚醒した時もそうだった。


 世界が魔王を滅ぼしたいのならば、私は是が非でも抗ってみせよう。

 何度でも正義を排除して、理想を目指し続ける。

 そのための犠牲は厭わない。

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