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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

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第32話 賢者は幻獣の蹂躙を観る

 矢の一斉射撃が帝国軍に炸裂した。

 容赦なく兵士に刺さって陣形を乱す。

 悶絶する者があちこちから聞こえてきた。


 ただし、被害は少ない。

 数万の軍のうち、負傷したのはたった百人程度だ。

 全体で見れば微々たるものだろう。


(いや、違う)


 戦場を観察する私は、異変に気付く。

 一部の兵士が咳き込んでいた。

 膝をついて動けなくなったり、吐血している者も散見される。

 いずれも矢が刺さった付近で起きた現象だ。

 異変を察知した兵士達は、慌てて後退し始めた。


 私はヘンリーに尋ねる。


「何をしたんだ」


「矢に粉末状の毒を仕込んでおいたのさ。突き立つと同時に散布される。すぐに散らばって無毒化されるが、効果があるうちは強烈だぜ」


 ヘンリーは得意げに説明する。

 彼は生き生きとした表情をしていた。

 ただの戦闘狂ではなく、こういった搦め手も好みなのだ。

 非人道的だろうとヘンリーは躊躇しない。

 それが最適と判断すれば実行する男である。


「少ない手数で効率的に相手の数を減らす。毒があると分かれば、相手の動きも鈍るからな。その隙を食い破るんだ」


 飄々と語るヘンリーは、弓を構えて狙撃した。

 慈悲なき一射は、遥か遠くにいる指揮官らしき男の額を貫いた。

 男は目を見開いたまま倒れる。


 ヘンリーは続けて弓を放つ。

 今度は別の兵士の額を捉えた。

 ちょうど他の者に指示を送ろうとしていた男だ。

 どちらも裸眼での識別が困難な距離だが、彼は当然のように射殺してみせた。


「さすがだな」


「ははは、褒めたって何も出やしないぜ?」


 上機嫌のヘンリーは、喋りながら巧みに弓を操る。

 彼は指揮官らしき者を次々と射殺していった。

 命令系統を徹底して破壊するとは、実に彼らしいやり方である。


 その間も、魔物達による毒矢の射撃は行われていた。

 たとえ当たらずとも、付近にいるだけで害を受ける。

 帝国軍は自然と動きを制限されていった。

 指揮官が打ち倒されていることも含めて、大きな混乱に苛まれている。


 帝国軍は既に大部分がこちらの対処に回ろうとしていた。

 森側のアンデッドを討伐するのは少数に任せている。

 こちらへの攻撃を優先すべきと考えたのだろう。

 妥当な判断だ。

 そう来るだろうと思っていた。


 ほどなくして、帝国軍から反撃の矢が放たれた。

 それらは頭上から圧倒的な密度で降ってくる。

 奇襲を受け、指揮官を削られながらも統率された動きだ。

 兵士が戦い慣れている。

 全体的な質は非常に高かった。


 だが、所詮は人間の域に過ぎない。

 真の怪物を相手にするには力不足だった。

 努力では覆しようもない差を見せつけねば。


 私は風の魔術を行使し、矢の雨を跳ね除ける。

 何割かは魔術強化が施されていたが、そんなものは関係ない。

 魔術の出力に任せて吹き飛ばすだけだ。


 軌道がずれた矢の雨は、魔王軍の周囲に落下した。

 こちらには何の被害もない。

 まったくの無傷である。


「いつ見ても大将の魔術はすげぇな。あんたもそう思うだろう?」


 拍手をするヘンリーは、静観するローガンに話を振る。

 ローガンは微かに眉を寄せた。

 彼は険しい表情で私を一瞥する。


「……そうだな。さすが魔王だ」


 ローガンは若干の間を置いて発言する。

 言葉とは裏腹に、その眼差しは友人に対するそれだった。

 他の者は気付かないほど些細な変化である。

 魔王の力を目の当たりにしても、彼の態度は変わらなかった。

 私は密かに安堵する。


 その時、風を切る音が迫ってくるのを知覚した。

 私を狙う矢だ。

 防御魔術を展開して眼前で弾く。


(不意打ちを企んだようだな)


 折れた矢を拾い上げ、向こうの軍勢に紛れる射手を発見する。

 狙いは正確だった。

 場合によっては直撃を受けていたかもしれない。

 帝国軍にも優秀な弓兵がいるらしい。

 そう思った時には、ヘンリーが射手を狙撃で始末する。


「ははは、無粋な輩がいるもんだ」


 ヘンリーはさも当然のように述べる。

 遠距離戦闘は彼の独壇場だった。

 竜を素材とする弓は、圧倒的な射程を有する。

 そこにヘンリーの技量が組み合わさると、もはや戦場の全域が彼の攻撃範囲であった。

 敵からすれば脅威でしかない。


(私も少しは活躍しておくか)


 そう考えて、瘴気の槍を射出する。

 滑空する槍は、数人の兵士をまとめて串刺しにした。

 犠牲になった兵士は、瘴気に侵蝕されてアンデッド化する。


 そうして生み出されたアンデッドは、かつての仲間を襲い始めた。

 喰い殺された者もアンデッドとして蘇る。

 既に慣れ親しんだ戦法であった。

 これで帝国軍の兵士達は、容易にこちらへ近付くことができない。


 増殖するアンデッドを眺めていると、空で発光現象が起きた。

 そこから悠然と現れたのは、燐光を帯びる獅子だ。

 獅子は翼を上下させながら帝国軍に襲いかかる。


 爪で兵士を引き裂き、牙で噛み千切る。

 口からは、紅蓮の炎を吐いて軍勢を焼き払った。

 剣や槍は体表で弾いてものともせず、魔術は燐光に触れると霧散する。

 獅子は瞬く間に兵士を殺し尽くしていく。

 兵士達には、こちらに攻撃を加える余裕は微塵もなかった。


(あれは精霊魔術で生み出された幻獣だ)


 私は一目で正体に気付く。

 この場において、使い手は一人しかいない。


「…………」


 該当するその術者――ローガンは両手を組んで集中していた。

 普段から鋭い眼光をさらに細めている。

 射撃を止めたヘンリーは、兵士を一方的に惨殺する幻獣を見て感心した。


「ほう、あれがエルフのとっておきか。とんでもないな」


「……あまり、長くは持たない。早く畳みかけろ」


 ローガンは戦場を凝視しながら呻くように言う。

 よく見ると顔中から汗を流していた。

 歯は軋まんばかりに食い縛られている。


 あれだけの幻獣を維持するには、相当な負担がかかる。

 本来なら数人のエルフが協力して、数段劣る個体を生み出せる程度だ。

 そもそもローガンは、補助系統の術を得意とする。

 幻獣のように攻撃に特化した術の適性はなかったはずだった。


 そんな彼が無理をしてでも幻獣を使ったのは、エルフの一族の誇りと意地だろう。

 魔王に庇護されるだけの存在ではないという主張である。

 無論、故郷を奪い取ろうとする帝国への意趣返しも兼ねているだろう。


「さて、そろそろ突撃するかね。大将、構わないかい?」


 弓を下ろしたヘンリーは、爛々とした眼差しで尋ねてくる。

 その姿を見るに、理性の箍が外れる寸前だった。

 今にも駆け出しそうな気配がある。


 私はヘンリーに頷いてみせる。


「いいだろう。存分に潰せ。殲滅してもいい」


「ハッハッハ、最高の命令じゃねぇか! よしお前ら、行くぞォッ!」


 歓喜するヘンリーは、先陣を切って走り出した。

 魔物達はそれに続いて猛然と疾走する。

 結果、少数のアンデッドだけが取り残される奇妙な状況になってしまった。


「……新しい仲間は、騒がしいのだな」


 ローガンは少し呆れた様子で言う。

 戦場を駆け巡る獅子の幻獣は、蒸発するようにして姿を消した。

 ひとまずの役目は終えたと彼は判断したようだ。

 あまり無理をして倒れられても困るので良かった。


「確かに騒がしい。だが、彼らは信頼できる」


 私は撤退を始めた帝国軍を眺めながら呟く。

 様々な動機や信念はあれど、魔王に仕えると決めた者達だ。

 彼らは死を遂げるその時まで、私のために戦うだろう。


「そうか。安心した」


「…………」


 私はローガンを見る。

 彼は帝国軍を蹂躙する魔王軍を見据えている。

 その横顔は、固い決意と覚悟を湛えていた。

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[一言] 仲間が増えてきた。
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