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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

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第30話 賢者は旧友の言葉を聞く

 ローガンによる容赦ない問いかけ。

 咄嗟に私が口にしたのは、稚拙な誤魔化しであった。


「何を、言っている。私はただの魔王で――」


「とぼけるな。俺に無駄な問答をさせる気か」


 ローガンは遮るように言う。

 私の不誠実な返しに対する怒りが端々に滲んでいた。

 どういうわけか、彼は確信している。

 身に宿す魔力は変質して、生前の面影など皆無だというのに。

 咳払いをしたローガンは、平常心を取り戻して語る。


「友を忘れるほど、俺はまだ老いていない。見た目が変貌したところでそれは同じだ」


「……こんな私をまだ友と呼べるのか」


「縁を切った覚えはない」


 ローガンは躊躇わずに断言する。

 彼はあの頃と同じ優しさを持っていた。

 私が人間だった頃とまったく変わらない接し方である。


「もう一度言う。ドワイト、お前に何があったのだ」


 ローガンから再度の問いかけが投げかけられる。

 これはもう、隠し切れない。

 彼に嘘は通用しない。

 正体も既に露呈していた。

 ありのままを話すしかないだろう。


「…………」


 私は手を組んで俯く。

 生前なら汗を垂らして心臓がうるさかったに違いない。

 これは緊張だ。

 心が大きく揺れ動いている。

 私はアンデッドの身であることを幸運に思った。

 少なくとも外見だけは平静を装える。


 じっくりと時間をかけて気持ちを固めてから、私は話を切り出した。


「……私と、勇者様が処刑されたことは?」


「知っている。あまりの怒りで国王の暗殺を目論んだくらいだ。族長の役目がなければ実行していただろう」


 ローガンは低い声音で述べる。

 彼の言葉からは、激情がありありと感じ取れた。

 誇張ではなく、本当に暗殺を実行しかねない男だ。

 そして、身を犠牲にしてでも完遂する覚悟を持ち合わせている。


 初耳であったが、魔王討伐時点でローガンは既に族長だったらしい。

 最後に会ったのが十数年も前のことだ。

 彼の動向を把握していなかった。


 ローガンに迷惑をかけたくなかったので、彼が暗殺を実行しなくてよかった。

 私のせいで旧友が罪人となった挙句に死ぬのは嫌だ。

 こればかりは当時の状況に感謝せざるを得ない。


 ローガンはじっと私の風貌を観察する。

 アンデッドに対する嫌悪というより、純粋な関心に近いものだった。


「変わり果てたその姿……不死王リッチだな。時限式の死霊魔術で蘇ったのか?」


「いや、違う。実は――」


 続けて私は、処刑されてからの経緯を残らず白状する。

 隠し事はしない。

 現在の目的についても正直に話した。


 話を聞き終えたローガンは、難しい顔で唸る。


「死者の谷か。あの地の瘴気を余さず取り込むとは……」


「私は人間を捨てて闇に堕ちた。数え切れないほどの人間を殺している。軽蔑したか?」


 思わず自嘲気味に尋ねる。

 それは胸中にてふつふつと燻っていた疑問だった。


 私は殺戮を尽くす魔王だ。

 侮蔑の目と共に、罵られるだろう。

 擁護される身ではない。

 ただ死ぬだけでは到底償えないだけの罪を背負っている。


 肯定的に捉えるのは、魔王軍の配下くらいだ。

 彼らは私に心酔し、或いは己の欲のために利用している。

 それでいいのだ。

 むしろ他の万人からは例外なく憎まれ、悪しき存在として疎まれるくらいでなければ。


 ところが、ローガンの反応は違った。

 彼はただ首を横に振り、自らの意見を述べる。


「軽蔑はしていない。お前が選んだ道だ。俺が口を挟むことではあるまい」


 私の予想に反して、ローガンは淡々としたものであった。

 あの頃から何も変わらない。

 厳しさと優しさが同居した口ぶりである。


「手段や姿が大きく変われど、お前はお前のままだ。苦悩と模索を繰り返しながら、世界に身を捧げている。ドワイト・ハーヴェルトという賢者の在り方だろう」


「ローガン……」


 私は呻くように彼の名を呟く。

 知らず知らずのうちに指先が震えてしまう。

 深呼吸をしたい気分だったが、骨だけの身では叶わない願いだった。

 私は奥歯を噛み締めて視線を逸らす。


「ただし、お前がエルフの一族に害を為すのならば話は別だがな。刺し違えてでも殺してやる」


「なるほど。すっかり一族の長だな」


「この地位に就くのにも苦労したが、お前の状況に比べれば些末なことに過ぎない」


 ローガンはあっさりと述べた。

 エルフの里に嫌気が差した彼が、帰郷して族長の座にいるのだ。

 しかも一族の者達を守るために行動している。

 そこには複雑な事情があるのだろう。

 わざわざ掘り返すことでもない。


 会話が途切れたところで、ローガンが立ち上がった。

 私もそれに倣う。


「俺からの用件は以上だ。お前の正体については口外しない。安心しろ」


「ローガン」


 出入り口に向けて歩き出す彼に、私は思わず声をかける。

 足を止めたローガンがこちらを振り返った。


「何だ」


「…………」


 私は続く言葉を発しかけて、躊躇する。

 言うべきか迷ってしまったのだ。

 いざ告げようとすると、寸前で言えなくなってしまう。


 自分の中の何かが崩れるかもしれない。

 その可能性を恐れているのだろう。

 私は不安定な自己を再認識する。


 それでも何度か挑戦した末、やっとのことで彼に尋ねた。


「……私を、止めないのか」


「逆に訊くが、止めてほしいのか?」


 ローガンはすぐさま訊き返してきた。

 虚を突く言葉だった。

 それは考えもしなかった。

 他意はなく、私は本当に気になっただけだったのだ。


 いや、奥底ではそれを望んでいるのか。

 だから尋ねたのかもしれない。

 自らの真意が読めなかった。

 答えを持たない私は、無様に言い淀む。


「それ、は……」


「先ほど言ったばかりだろう。俺が口を挟むことではない。俺はお前の正体を知った上で、隷属化に同意した。どういう意味か分かるか?」


「…………」


 返す言葉もなく、私は口を閉ざす。

 ローガンはため息を吐くと、私の肩に手を置いた。


「俺は為すべきことを為す。お前も為すべきことを為せ」


「――分かった」


 私は頷く。

 漠然とした不安が、波を引くように薄らいでいく。

 どうやら無粋な質問だったようだ。


 ローガンは私の所業を肯定も否定もしなかった。

 あくまでも第三者に徹した。

 毅然とした彼らしい言い分であった。


 私自身、優しい言葉で救われたいわけではない。

 迷うことなんて何もなかった。

 今代の魔王として、引き続き行動するだけだ。

 死者の谷の底で決意した時から何も変わっていない。


 胸中に残るしこりも、ひとまずは放っておく。

 私という存在が歪んでいるのは、今に始まったことではない。

 払拭できない疑念があるとしても、止まることは決して許されなかった。


「魔王軍を連れてくる。里のエルフが動揺しないように通達してくれ」


「承知した」


「……ローガン」


 部屋を去る前に、もう一度その名を呼んだ。

 彼は少し億劫そうに応じる。


「まだ何かあるのか」


「ありがとう」


「――言うな。お前は魔王だろう」


 エルフの友人は、僅かに苦笑する。

 滅多に見せない表情だった。


 それを見届けた私は、転移魔術で王都に帰還した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少なくとも昔の自分を知る友がいるのは良いことだ [気になる点] 悪であることで自分を保ってる不安定な状態なのかな
[良い点] こういう話大好き
[良い点] 「私はただの魔王で」 草はえる
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