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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第一章

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第3話 賢者は配下を得る

 翌朝、私は城のバルコニーに立つ。

 手にはワイン入りの瓶があった。

 指でコルクを外し、その中身を呷る。


 口内に入ったワインは、びしゃびしゃと音を立ててこぼれた。

 顎や頸椎、肋骨等が容赦なく濡れ、着込んだローブにも染みができる。

 独特の不快感に私は唸る。


「やはり飲食はできないか……」


 視覚、聴覚、触覚は存在するが、味覚と嗅覚はない。

 骨だけの身体は、如何なる作用で感じているのだろう。

 発声ができる点も不可解である。

 アンデッドの生態はよく分からない。

 ちょっとした検証を終えた私は、意識を眼下に移す。


 そこには無数のアンデッドが溢れ返っていた。

 彼らは王都の人々で、現在はグールと化している。

 ほとんどの者が瘴気に侵されて命を落としたのだ。

 その死体を流用させてもらった。


 腐敗が進んでいる個体は、埋葬されていた者だろう。

 私の瘴気の影響で起き上がったのである。

 スケルトンと称すべき姿も少なくなかった。


 アンデッド達は窮屈そうに集結している。

 城の敷地内では収まり切らず、城下街にはみ出していた。

 ここにはいない過半数のアンデッドは、王都の外周を徘徊させている。

 何かあれば私が察知できるようにしてあった。


(ひとまず前準備はできたな)


 私はバルコニーから王都の街並みを眺める。

 どこもかしこも陰鬱とした空気が漂っていた。

 濃密な瘴気の霧も蔓延し、生者を寄せ付けない環境を作り上げている。

 今や死者の谷を彷彿とさせる雰囲気だ。

 これらすべてが私の手で執行されたのだと思うと、色々と考えさせられてしまう。

 もっとも、後悔は微塵もない。


 私の十年越しの復讐は完了した。

 拍子抜けするほど円滑に進行させることができた。

 無論、これは序章に過ぎない。

 ここから本番である。


 次の目標は、真の世界平和だ。

 抽象的な表現だが、具体的に何をするかは決めている。

 死者の谷での苦悩と葛藤を経て、私は一つの発見をしていた。


 世界の悪が存在する間、人類は団結する。

 束の間ながらも平和が構築されるのだ。

 人類の存続を優先し、大きな争いを控えるのである。


 かつての魔王こそが、世界の悪を担っていた。

 その思想や目的がどうあれ、国家間の対立を予防していたのは事実だ。

 誰もが魔王の討伐に尽力した。

 そこには国境を越えた結束があった。


 歪んだ均衡を崩したのは、他ならぬ私達だ。

 死闘の末に魔王を討伐してしまった。

 無論、それは世界を救うために行ったことである。

 人々も魔王の死を願っていた。


 しかし、現実は非情だ。

 巡り巡ってこのような事態を招いたのだから。

 勇者は処刑され、賢者は不死者と化し、王都はアンデッドの蔓延る地となった。

 英雄譚の結末としては、あまりにも凄惨な展開だろう。


 巨悪を断てば平和になるという考えが、そもそもの間違いであった。

 その先に待つのは、人間同士の争いだ。

 国と国が殺し合う醜い戦争の幕開けである。


 魔王という抑止力が無くなったことが最たる要因だろう。

 共通の敵がいなくなれば、隣人にさえ平気で刃を向ける始末だ。

 私やあの人が処刑されたのも、その一環と言えよう。

 現在の世界情勢を把握していないが、きっと同じような悲劇が繰り返されている。


 そのような世界は望ましくない。

 平和とは程遠く、むしろ対極に位置するものだ。


 真の世界平和とは、不滅の悪が君臨することで成立する。

 すなわち私が魔王となり、世界の国々に恐怖を与え続ければいい。

 常に滅びの予感を与え、人間同士で争うなどと考えられないようにする。


 そうすれば人々は自然と一致団結するはずだ。

 私を殺すために手を取り合うだろう。


 もちろん本当に世界を滅亡させる気はない。

 だが、それを勘付かれてはいけない。

 誰かに倒されてもいけない。

 永遠に人類を脅かし続けるのだ。


 それが魔王という必要悪を倒した責務である。

 私だけが代行できる役割だった。


(そのためにも準備をしなくては……)


 魔王を名乗る以上、相応の地盤を整えなくてはならない。

 まずは配下がほしい。

 数は十分に足りているため、求めるのは個人戦力の高い配下だ。


 今の私は、死者の谷の権能を持つ。

 死霊魔術の上位能力だ。

 集めたアンデッドを合成して、一体の強力な個体にしようと思う。

 王都陥落の最中にも何度か試したので要領は掴めていた。


 強い配下を生み出すことには利点がある。

 戦力強化に加えて、万が一の備えにできるのだ。

 配下のアンデッドがいる限り、私が滅ぶことはない。

 残った個体から蘇ることが可能なためである。

 言ってしまえば私の命の数にも等しい。


 この特性上、頑丈な一体を用意しておくのは悪いことではない。

 それだけ私の滅ぶ危険性を減らせるからだ。

 私が討伐されることはあってはならない。

 人間同士の悲劇を繰り返さないためにも、不死性を高めるのは急務であった。


「私は、新たな魔王になる」


 改めて決意を固めた私は、アンデッド達に意識を向ける。

 かざした腕を横一線に振って権能を行使する。


 すると、突如としてアンデッド達が紫炎に包まれた。

 紫炎は燃え広がり、一面を覆い尽くすまでになる。


 地上から怨嗟の叫びが沸き起こる。

 死者の魂が苦しんでいるのだ。

 大気中を渦巻く瘴気が濃くなっていく。

 この土地が汚染されていくのを肌で感じた。


 眼下のアンデッドを包み込んだ紫炎は、やがて寄り集まって一つの形を築き上げる。

 ついには白煙を残して消失した。

 その場にいたはずのアンデッド達は、跡形もなく焼き尽くされていた。

 代わりに一体の骨の異形が佇んでいる。


「あれが合成結果か」


 私は身を乗り出して異形を注視する。


 オーガにも比肩するほどの背丈で、基盤の骨格は人型に近い。

 肋骨辺りから三対の副腕が生えている。

 頭部は立派な角を持った牛の骨だ。

 左右の眼窩では、赤い炎が揺らいでいる。

 さらに濃密な瘴気をローブのように纏っていた。


 その風貌と威圧感だけではっきりと分かる。

 凄まじい力を持つアンデッドだ。


(スケルトン種の最上位か)


 膨大な魔力量から考えるに、リッチ系統の特性も有している。

 誇張を抜きにして、かつて討伐した魔王に匹敵するだろう。


 まさかここまでの個体が誕生するとは予想外である。

 大量のアンデッドを消費したと言っても、明らかに限度を超えていた。

 諸々の要素が上手く噛み合ったのだろうか。


 考察に浸っていると、不動だった牛頭の不死者が私を見上げた。

 赤炎の双眸の揺らぎが止まる。


「我を生み出したのは、貴様か」


 憎悪を孕む声音だった。

 明確な自我を持っている。

 おまけに私の支配が届いていないようだ。


 とは言え、会話ができるのは大きい。

 意思の疎通が可能なら、穏便に進めることもできる。


「確かに私だが――」


「ヌンッ!」


 私の言葉を遮るように、牛頭が片腕を突き出す。

 そこから黒い稲妻が放たれた。

 稲妻は一直線に私のもとへ飛んでくる。


(会話は不可能か。相手は暴走している)


 私はバルコニーから飛び降りた。

 黒い稲妻は不自然な角度で曲がり、的確に私を狙ってくる。

 追尾機能か、術者が任意で動かせるようだ。


 私は手から水の弾を飛ばし、稲妻にぶつけて相殺した。

 さらに空中で魔術の力場を作って着地する。

 牛頭を見下ろせる位置関係を維持した。


「フハハッ、やるではないか。我を造っただけのことはあるッ!」


 牛頭は身に纏う瘴気を翼に変形させた。

 それを羽ばたかせて上空へ飛翔すると、頭上から黒い炎を放射してくる。

 先ほどの稲妻もそうだが、主成分は瘴気だ。

 この牛頭というアンデッドは、瘴気の扱いに優れているらしい。

 応用力で比較すると、私では歯が立たないだろう。


(だが、負ける気はしない)


 私は魔術の風で押し返す。

 黒炎は一瞬だけ拮抗するも、風に押し戻されていった。

 そのまま逆流して牛頭を襲う。


「グオオオオオオォォォッ!」


 黒炎を浴びた牛頭が咆哮を上げる。

 骨の身体が僅かに焦げていた。

 ただ、致命傷ではない様子である。

 耐久力も相当らしい。


「我の力を……とくと見よ!」


 牛頭が両手を私に向け、黒い雷撃を連射する。

 豪雨のような密度だ。

 雷撃の一つひとつが高位魔術に足る破壊力を有している。

 数万の軍隊でも容易に殲滅できるだろう。


 私は魔術による結界を多重展開させた。

 半透明の丸い盾状のそれを百枚用意する。

 間もなく降り注ぐ雷撃が結界に叩き込まれた。


 火花と爆発が炸裂する。

 結界に亀裂が走り、次々と割られていった。

 破壊の余波が後方の城にまで及び、壁や尖塔を削り飛ばす。


 魔術による攻防は一瞬で終わった。

 私の結界はおよそ半分が健在で、表層の結界を砕かれただけだった。

 もちろん私自身には何の被害もない。


(低位の術でも防げるものだな……)


 破壊し尽くされた周囲の地形を見て、私は素直に感心する。

 今のは良い検証になった。


 生前の私も、人間にしては多量の魔力量を誇っていた。

 しかし、それでも種族的な限度がある。

 魔族に対抗するため、当時は様々な工夫を凝らしていた。

 そこに途方もない研鑽を積み重ねることで、ようやく賢者と呼ばれるに至ったのである。


 現在の私は、小細工抜きで強い。

 魔術という一点に関しては、他の追随を許さないだろう。

 やはり死者の谷の恩恵は偉大であった。


「なん、だと……っ」


 牛頭は驚愕していた。

 雷撃の雨は、渾身の攻撃だったに違いない。

 それを無傷で凌がれたのだから、固まってしまうのも無理はなかった。


 一方、私は残る結界を変形させて数十本の槍にした。

 穂先を調整して狙いを牛頭に合わせる。


「少し、大人しくしてくれ」


 私が指を動かすと、槍が断続的に発射された。

 音を置き去りにする速度に、牛頭は防御を余儀なくされる。

 すぐさま瘴気が壁のように展開された。


 打ち上がった槍が瘴気の壁に衝突した。

 命中箇所から迸る黒い霧。

 次々と槍が殺到して壁を削っていく。


「なんの、これしきいいいぃィィッ!」


 牛頭の絶叫が聞こえる。

 槍の猛攻を必死に耐えているようだ。

 もっとも、それは時間稼ぎにしかならない。


 私は待機する槍に意識を割き、それらをまとめて打ち込んだ。

 瘴気の壁があっけなく砕け散り、貫通した槍が牛頭の胴体に命中する。


「ゴガァッ……!」


 牛頭が墜落する。

 胴体に大穴が開いた状態で、再び瘴気の翼を展開させた。

 姿勢を制御し、地面への衝突を免れようとしている。


「させないぞ」


 私は風の刃で翼を切断する。

 牛頭は頭部から地面に激突した。

 落下の衝撃で土煙を巻きながら転がっていく。


「ぐぬぅ……お、おのれ……」


 牛頭は呻きながら立ち上がる。

 欠損した部分は瘴気で補われていた。

 致命傷でも動けるのは、アンデッド特有の不死性だろう。


「そろそろ話を聞いてくれないか。私は戦いをしたいわけではない」


「ゴアァッ!」


 私が地面に降り立つと、牛頭は獣のように跳びかかってきた。

 計八本の腕には、それぞれ瘴気と魔力で作ったであろう武器が握られている。

 それらが変幻自在な動きで攻撃を仕掛けてくる。


(――見える)


 私は魔力で剣を生成し、そこに炎属性を付与した。

 そして、牛頭の攻撃の軌道を先読みする。

 死者の谷で得た誰かの戦闘経験だ。

 その中にはあの人の剣技も含まれている。


 私は燃え盛る剣を大上段から振り下ろした。

 軌道上にあった武器を残らず粉砕し、牛頭の胴体を斜めに叩き斬る。


「ア、ガフッ……」


 半身となった牛頭が地面に倒れた。

 私はその背中に剣を突き立てると、内包する魔力と瘴気を強制的に吸収する。

 これで抵抗の術は奪い取った。

 何か妙な真似をされる心配もない。


 私は瀕死の牛頭を見下ろす。

 眼窩の炎が弱々しく揺らめいた。


「――殺せ。我は敗北した」


 牛頭は小さな声で呟く。

 先ほどまでの苛烈な雰囲気は無くなっていた。

 力を失ったことで、多少は冷静になったようだ。


 その変化に気付いた私は肩をすくめる。


「殺すわけがない。何のために生み出したと思っている」


「……どういう、ことだ?」


 牛頭は怪訝そうに尋ねてくる。

 眼窩の炎がぱちぱちと瞬いた。


 私は淡々と告げる。


「お前には配下になってほしい。問答無用で従わせることもできるが、なるべく自由意志を尊重したい。どうか私に力を貸してくれないか」


「…………」


 差し出した手を牛頭は凝視する。

 表情が無いので分かりにくいが、どうやら呆然としているらしい。

 私の言葉を咀嚼し、その意味を理解しようとしている。


 反抗するなら手荒な手段を用いらなければならないが、率先して協力を取り付ける方がいい。

 強い自我を持つアンデッドは貴重だ。

 戦闘能力も申し分ない。

 今後を考えると、是非とも力を借りたい存在であった。


 場に長い沈黙が訪れる。

 私はそれ以上の言葉を重ねず、ひたすら答えを待ち続けた。


「…………」


 やがて牛頭が身じろぎをする。

 地に顔を伏せた不死者は、ぎこちない動きで私の手を握った。

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