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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

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第29話 賢者は旧友に招かれる

 族長代理との移動中、私は感知魔術を起動した。

 その有効範囲を徐々に拡げていくと、森の外縁に大量の反応を見つけた。

 数万の人間が集まっている。

 おそらくは帝国軍だろう。


(なかなかの規模だな)


 彼らは森の中へは侵攻せずに待機していた。

 一時的に攻撃を止めているのだ。

 消耗した兵士達は、休息を取っているに違いない。


 エルフ達とて無力ではない。

 地の利を利用した奇襲や罠は得意分野である。

 数度の交戦を経て、帝国軍は相応の反撃を受けたのだろう。

 現在は援軍と補給を待っている状態といったところか。


 もっとも、両者の拮抗もいずれ破綻する。

 帝国軍は膨大な戦力を抱えており、次々と増援を投入できるためだ。

 森を焼かれているという話もあった。


 エルフ達には守るものが多すぎる。

 状況的にも戦力的にも不利であった。

 私の介入がなければ、いずれエルフ側は敗北するだろう。

 ローガンもそれを分かっているからこそ、素直に隷属化を認めたのだ。

 一族の誇りよりも生存を優先した結果である。


 この感じだと、半日ほどは侵攻を気にしなくていいだろう。

 偵察部隊は活動するだろうが、その程度なら脅威にはなり得ない。

 邪魔ならば私が片手間にでも排除できる。

 状況把握を終えた私は、感知魔術を切った。


 族長代理は、私の数歩先を早足で進んでいる。

 彼女はしきりに辺りを確かめていた。

 周囲の木々の合間に、エルフ達が隠れている。


 いちいち考えずとも分かる。

 監視役だろう。

 私が問題行動を起こさないように見張っているのだ。

 何もおかしなことをするつもりはないので、放っておけばいいだろう。


 場の人間の多さとは裏腹に、辺りは静寂に包まれていた。

 私達は黙々と歩き続ける。


「……兄、は」


 沈黙を破る声が上がった。

 一瞬、族長代理が発言したのかと思ったが、紛れもなく私の声だった。

 ほとんど無意識の行為で、声を発してから少し後悔する。

 会話をする気などなかったというのに、余計なことをしてしまった。


 一方、肩を跳ねさせた族長代理が、足を止めて振り返る。


「な、何でしょうか……?」


 族長代理は不安げにしている。

 私から切り出したのだ。

 無視するわけにもいかず、思い付いたままに質問をする。


「お前の兄は、良い族長か」


「……はい。兄様は一族の長として、私達のことを常に案じています。心底から尊敬できる人、です」


 族長代理は、真っ直ぐな目で答える。

 そこに嘘偽りはなかった。

 彼女は本音で語っている。


「そうか」


 私はそれだけ答えた。


 族長代理は不思議そうな顔をするも、それ以上は言及しない。

 彼女は、こちらを窺いながらも歩みを再開させた。


(心の揺れに気付かれたか)


 彼女の様子からは判別できなかった。

 ただ、不審に思われたのは確かだろう。


 我ながら情けない。

 旧友の顔を見て動揺してしまうとは。

 そういった段階はとっくに過ぎたつもりだったのだが。

 生前の縁というのは、そう簡単には切れないものらしい。


 内心で自嘲していると、私達は開けた場所に出た。

 足を止めた族長代理が手で示す。


「こちらがエルフの里です」


 そこには木造の家屋が立ち並んでいた。

 連なる樹木の上にも小屋が設けられている。

 エルフの居住区に立ち入るのは初めての経験だが、概ね印象と違わない場所であった。


 各家屋の中にいくつもの反応があった。

 ここに暮らすエルフ達だろう。

 彼らは息を潜めている。

 私の到来を察知して身を隠したようだ。


 次に私は、遥か前方に視線をずらす。

 木々の向こう側には、青空が広がっていた。

 一見すると何も存在しない。

 しかし、そこには確かな違和感があった。

 空間のぶれだ。

 術による細工が施されている。


 私は顎を撫でつつ考察する。


「認識阻害の魔術か。世界樹はあそこだな」


「えっと、あの、その……」


 私の指摘を受けて、族長代理が口ごもる。

 推測は的中したらしい。

 この地で生きるエルフ達にとって、世界樹は命より大切なものだ。

 魔術で巧妙に隠蔽するのはおかしいことではない。


 無論、世界樹の位置を知ったからと言って、それをどうこうするつもりはなかった。

 下手に手を出せば、エルフ達の反感を買うことになる。

 いくら隷属にするとしても、わざわざ恨まれることをする必要もあるまい。


 その後、私は族長代理の案内で里内を巡回した。

 彼らの暮らす生活圏はそれほど広くない。

 さほど時間をかけずに外周を歩くことができた。

 ちょうど一周したところで、私は族長代理に告げる。


「構造は概ね把握できた。今から防御魔術と結界を張る」


「お、お願いします」


 族長代理が一礼してから離れる。


 私は里を覆うような形で防御魔術を展開させた。

 さらに複数の効果を持たせた結界も構築する。

 魔王となった私には造作もないことだ。


「これで帝国軍は容易に侵入できない。よほどのことがない限り、里にいれば安全だろう」


「あ、ありがとうございます!」


 安堵した表情の族長代理は、深々と頭を下げる。


 その時、背後から見知った気配が現れた。

 振り返るとローガンが立っている。

 先ほどまではいた護衛を連れていない。

 彼は一人でやってきたようだ。


「ついてこい」


 ローガンはそれだけ言うと、こちらの答えも聞かずに歩き始めた。

 強引な態度である。

 彼らしいと言えば彼らしい。

 基本的に寡黙な男なのだ。

 説明不足であらぬ誤解を受けることも多い。


 それにしても、一体何の用なのか。

 彼と話すべき内容はすべて済ませたはずだ。

 考え得る話題となると、帝国軍との戦いについて伝達事項くらいか。

 合理的な彼らしい用件ではある。


「兄様……」


 族長代理が呟く。

 彼女としては気が気でないだろう。

 私の機嫌次第で、一族の命運が左右するのだから。


 とは言え、族長代理の心労を気にする義理もない。

 私は彼女を置いてローガンの背中を追った。


 ローガンが向かった先は、一軒の古い館だった。

 他の家屋に比べても大きい。

 里の中でも中央部に位置するので、族長のための建物なのだろう。


「入れ」


 ローガンは短く告げて室内へ入る。

 私もそれに続いた。


 広々とした室内は物が少なかった。

 ただ、貧相な印象はなく、むしろ機能面を重視した内装に思える。

 端々に使われた装飾が適度な上品さを醸し出している。


「座ってくれ」


 私は勧められるままに椅子に腰かける。

 ローガンはテーブルを挟んだ向かい側に座った。


 室内には他に人もいない。

 二人きりの空間には、重苦しい沈黙があった。

 正直、気まずさを感じないと言えば嘘になる。


「我々の里はどうだ」


 なんとなしに内装を眺めていると、ローガンから唐突に質問を受けた。

 果たしてどういう意図なのか。

 彼の表情からは推測できない。

 怒っているようにも見えるが、それはいつものことである。


「…………」


 私はしばらく考える。

 迂闊な言動は控えたい。

 ローガンは無駄なことをしない男だ。

 この問答にもきっと意味がある。

 故に気を付けなくてはいけない。


「……とても美しい。調和の保たれた景観だ」


 熟考の末に私が発したのは、そんな無難な言葉であった。

 彼が何を求めているのかは知らないが、良くも悪くもない感想だと思う。


 答えを聞いたローガンは、深々とため息を吐いた。

 先ほどまでと比べて雰囲気が変わっている。

 これは、失望と呆れだろうか。

 私の気のせいではあるまい。

 鋭い眼差しが私を射る。


「騙し通せると思っているのか?」


「…………」


 私は沈黙する。

 存在しない心臓が締まるような感覚。

 自らの鼓動を聞いた気がした。

 声が、出せなかった。


 私が何も言わないのを見て、ローガンは再びため息を洩らす。

 そして、核心に触れる疑問を口にした。


「――ドワイト・ハーヴェルト。お前に一体何があった」

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