第283話 賢者はかつての魔王を目にする
自由なドルダとユゥラに翻弄されたところで気を取り直す。
ローガンは用事を済ませるために私達と別れた。
後ほど稽古をする面々と合流するそうだが、基本的に加減が苦手だったり、戦いに熱が入りすぎる面々ばかりだ。
必然的にローガンは、世話を見るような立ち位置になるだろう。
問題を起こしそうな者達を監視せざるを得ない。
彼はそれを承知の上でユゥラの誘いに乗ったのである。
精霊となったローガンは、なんだかんだで面倒見が良い。
転じて苦労人になりがちだった。
私自身も、そんな彼に頼ってしまっている。
感謝すると同時に、もう少し負担を減らせればと考えていた。
ローガンは特に気にしていないだろう。
疲れや寿命とも無縁になり、その気質が顕著になっている。
しかし、彼の本分は世界樹とエルフの守護である。
そちらに関われなくなるような事態だけは避けたいと思っていた。
なるべく時間を回せるほうがいいだろう。
小さな反省を課題を抱きつつ、私とグロムは城の入口付近までやってくる。
すると、ちょうど城内に入ってくる者が目に入った。
通路の中央を我が物顔で闊歩するのは、先代魔王ことディエラだ。
彼女は手を振りながら歩み寄ってくる。
「おお、ドワイトではないか! 吾の出迎えに来たのか!」
ディエラは私の前で立ち止まると、唐突に手を伸ばしてきた。
そしてなぜか私の頭を撫でる。
彼女は満足そうに目を細めた。
「よしよし、褒めて遣わそう」
「――先代よ、冗談にも程度があるぞ。魔王様を愚弄する気か」
そこに割って入ったのはグロムだ。
彼は片目の眼窩から炎を膨らませている。
静かな怒りを湛えながら、グロムはディエラを睨み付けた。
対するディエラは涼しい顔で応じる。
「吾も魔王なのじゃから、無礼ではあるまい。どうじゃ、参ったか?」
「ぐぬぅ……」
グロムは悔しそうに唸る。
ディエラとの口論に限ったことではないが、グロムは言葉の応酬に弱い気がする。
いつも負けている印象があった。
感情的になりすぎて判断力を欠いているからだろう。
口論が決着したのを見計らって、私はディエラに話しかける。
「今日は遅刻しなかったのだな」
私がそう切り出すと、ディエラは途端に表情を曇らせた。
彼女は眉を寄せて抗議する。
「待て。吾がいつも遅刻しているような言い方はやめるのじゃ」
「間違っていないだろう。お前は常習犯だ」
各魔王が集まるような際、ディエラは基本的に遅刻する。
議題が解決するような段階で、颯爽と登場するのだ。
そしてルシアナやローガン辺りから説教や小言を受けている。
いつも反省しているが、改善の気配は一向に見られなかった。
しかし今回に限っては、時間前に到着できている。
珍しいこともあるものだと思ってしまった。
「吾だって別に好きで遅刻しているわけではない。ちょっと二度寝したり、予定を忘れてしまっただけで……」
ディエラは言葉を濁して言い訳を述べるも、まったく弁解になっていない。
彼女のずさんな部分を発表しただけだった。
ため息を洩らしたグロムは、小声で私に進言する。
「魔王様、此奴はやはり役職を剥奪すべきです。素質がありませぬぞ」
「ふむ……」
私は腕組みをして沈黙する。
ディエラは竜の魔王となり、担当の世界を保有していた。
ただし各魔王の中でも、群を抜いて問題行動が多い。
さすがに役職の剥奪をするつもりはないものの、それを一考してしまうほどには難のある人物であった。




