第281話 賢者は旧友の内心を読む
ローガンが廊下に降り立つ。
反動で僅かに浮遊した彼は、私に話しかけてきた。
「森での祭事を手伝っていた。いくつか魔術触媒が不足しているのだが、城から借りてもいいか」
「好きに使って構わない」
「すまないな。後で必ず返す」
礼を言うローガンが頭を下げる。
彼の肉体は、常に半透明であった。
向こう側が少し透けているが、彼は平然としている。
グロムとユゥラも特に驚いていない。
かなり前からローガンはこのような状態になっていたのだ。
ある日、彼は自殺した。
正確には禁呪の触媒として、自らの命を捧げたのである。
死んだローガンは、禁呪の効力によって高位の精霊へと変貌した。
さらには遺体を世界樹の根元に埋めると、そこに魂の楔を打ち込んで存在を固定した。
有り体に言うと、永遠を生きられるようになったのだ。
ローガンが精霊になったのは、世界樹の森と同胞を守るためらしい。
寿命という枷を捨て去って、エルフの守護者となる道を選んだのだった。
しかし、それだけが理由ではないと思っている。
きっと私のことを心配したのだろう。
互いに最も古い仲で、己が先立つべきではないと判断したに違いない。
本来、ローガンが森の守護者になる必要はない。
私が自主的に守るからだ。
たとえローガンの死後だろうと守り続けるつもりであった。
ローガンはきっとそれを理解していた。
その上で精霊となったのである。
はっきりと真意を尋ねたことはないものの、おそらく間違っていないだろう。
基本的に寡黙な男だが、人一倍に他者のことを考えている。
それが、ローガン・リィン・フリーティルトであった。
森の守護者の他にも、ローガンは各魔王の補佐も担当している。
不定期に巡回し、時に助力や提案を行う。
当初はローガンにも魔王の一柱を任せようとしたが、断られてしまった。
曰く、世界樹の森が最優先で、他の世界を管理する余裕はないという。
そういった経緯を挟んで、ローガンには補佐となってもらったのだ。
合間を縫って、各世界の魔王軍を支えてもらっている。
私は世間話をローガンに振る。
「最近は忙しいのか」
「水面下で族長の座をかけた争いが起きている。できるだけ干渉しないつもりだが、死者が出るのは阻止したい」
ローガンは険しい表情で述べる。
こういった出来事は珍しくなかった。
過去に何度も勃発しており、ローガンはそのたびに解決へと導いてきた。
半ば定例と化した悩みである。
「私の力が必要なら呼んでほしい」
「分かった」
ローガンは素直に頷く。
その時、ユゥラが挙手をした。
彼女は両手に炎を灯すと、それらを揺らめかせながら宣言する。
「個体名ローガンに提案――私も助力します。どのような敵であれ、速やかに殲滅しましょう」
「……頼りにしている」
ローガンは歯切れの悪い口調で言う。
優秀な魔王であるユゥラだが、未だに加減が苦手な節がある。
特に張り切りすぎている時などは怪しい。
盛大に失敗してしまう可能性が考えられる。
ローガンが危惧するのも仕方のない話であった。




