第279話 賢者はかつての英雄を想起する
「ところで魔王サマ。あの双子、どこに行ったか知らない?」
「私は見ていないな」
答えながら感知魔術を行使した。
近付いてくる気配を察知できたので、私はルシアナに告げる。
「噂をすれば、やって来たようだ」
後方の通路から登場したのは、二人の少年少女だ。
共に栗色の髪と碧眼で、瓜二つの顔をしている。
ただし、恰好には大きな違いがあった。
少年は山賊のような装いだった。
一方で少女は、貴族の令嬢を彷彿とさせる上品な衣服を纏っている。
「大将っ! 勝負しようぜ!」
元気に叫んだ少年は、廊下を疾走してくる。
その動きは、常人ならば目視できない。
本気の加速であった。
少年は片手で鉈を抜き放つと、私に斬りかかってきた。
(いきなりだな……)
私は防御魔術で斬撃を食い止める。
刹那、結界状の魔術に亀裂が走った。
破壊される前に、受けた衝撃を蒸気に変換して、結界の前面から噴出させる。
「おっと!」
少年は回転しながら後方へ跳んで躱した。
四肢を使ってしなやかな着地を見せる。
彼は嬉しそうに鉈を弄びながら、舌なめずりをした。
そこから駆け出そうとしたところ、肩に手を置かれる。
少年を止めたのは、無表情の少女だった。
彼女は私の前まで来ると、袖を引いて上目遣いで尋ねる。
「稽古、一緒にしたい。駄目?」
懇願する少女は可憐な様子である。
しかし後ろ手に隠された手には、艶消しの施された短剣が握られていた。
殺気は感じられないが、隙を見せれば即座に仕掛けてくるだろう。
(まったく、困った双子だ……)
私は改めて少年少女を一瞥する。
二人の容姿には、かつての配下の面影があった。
成長するごとにますます似てきたと思う。
この双子は、弓兵ヘンリー・ブラーキンの子孫だ。
少年はケニー・ブラーキン、少女はラナ・ブラーキンである。
普段はルシアナの管轄だった世界に住んでおり、そこで魔王軍の幹部を務めていた。
たまにこうして出会うと、私と戦いたがるのだ。
その性格は、まさしくヘンリーの血筋だろう。
二人の先祖であるヘンリー・ブラーキンは、九十歳の時に死去した。
当時、次元の歪みから異形の怪物が襲来するという事件が起きた。
大陸全土を巻き込むような大戦争において、ヘンリーは最前線で軍を率いて勝利した。
そうして喝采が轟く中、雄叫びを上げながら死んだのだ。
何らかの傷が原因になったのではない。
その瞬間、人間としての寿命が尽きたのである。
病の一つも患うことなく、ヘンリーは死ぬ直前まで戦いに明け暮れていた。
彼は不死者となって永遠の命を得ることもできた。
私ならばそれが可能だったが、ヘンリーはそれを断った。
人間としての生にこだわりを持っていたのである。
私はそれを否定しない。
むしろ大いに称賛したいと思う。
それが本来の人間の姿だった。
ヘンリーの考えは、子孫にも受け継がれている。
ブラーキンの一族は、五百年の歴史の中で様々な偉業を成し遂げてきた。
双子のように各地で多数の武功を挙げる者がいた。
優秀な補佐官として、盤面の戦場を制した者がいた。
究極の闘争を望み、あえて私に敵対した者もいた。
この一族は、揃って自由気ままなのだ。
時世の流れに左右されず、自らの考えで行動する。
そんな彼らの共通点は、戦いを愛していることだろう。
どのような形であれ、刹那に輝く生き様を見せてくれる。
その力強さは、私達にいつも新鮮な気持ちを与えた。
定命の者の意見や考えは貴重だ。
魔王軍の幹部は、大半が人外で構成されている。
長い年月で価値観がずれかねない中、人間である彼らの発言が助けになる場合があった。
いつの時代も、決して軽んじることができない存在である。
酒を飲むヘンリーの姿を思い出していると、グロムがラナの腕を掴んで私から離した。
腰に手を当てた彼は、少年少女を注意する。
「これ、お前達。魔王様の邪魔をするでない。稽古なら他の者に頼めばよかろう」
「大将くらい強くねぇと話にならねぇよ。あっ、もちろんグロムさんでもいいぜ?」
「我は魔王様とお話をしているのだ。稽古の暇はない」
グロムはケニーの言葉を一蹴する。
次いで挙手をしたラナは、グロムを見上げながら意見を述べた。
「お話しながら稽古、とか?」
「今日、この城には各地の魔王が集まる。いずれも手練れだ。そのうちの誰かに頼めばいい。良いな?」
グロムは諭すように説明する。
反論できないと察した二人は、渋々ながらも承諾した。
「ちぇっ、分かったよ」
「……うん」
彼らは残念そうに踵を返すと、走り去っていった。
ただし去り際、二人は私に期待の眼差しを向けてきた。
まだ完全には諦めていないようだ。
後ほど模擬戦闘くらいは付き合ってもいいだろう。
ケニーとラナは、強さに貪欲だった。
血筋も関係しているのだろうが、二人には確固たる目的がある。
それは、かつてヘンリーが所持していた竜の弓を手に入れることだ。
現在は別のブラーキン一族の者が所有しており、いずれ対決すると豪語していた。
戦いの行方がどうなるのか興味がある。
その時が訪れれば、事の顛末を見届けるつもりだった。
双子がいなくなったところで、ルシアナは意地の悪い顔でグロムを肘で押す。
「アンタ、昔から子守りが上手ねぇ。そっちの仕事を目指してみたら?」
「我に嫉妬しているのか? 貴様が下手なだけだろう」
「――アハッ、言ってくれるじゃない」
ルシアナは黒い笑みを浮かべる。
また言い争いが始まるかと思いきや、彼女は軽く笑って落ち着いた。
そして、ケニーとラナの走り去った方向へ歩き出す。
「アタシはあの子達の面倒を見てるわ。また後でね」
「ああ、頼む」
ルシアナと双子はよく知った仲だ。
彼女に任せれば問題ないだろう。
一方、グロムはため息を吐いて唸る。
「まったく、あのサキュバスは五百年経っても生意気ですな……」
「仲が良いようで何よりだ」
「ど、どこからそのように解釈したのですかっ!」
グロムは焦ったように喚く。
その態度がどうにも愉快だった。
私はあえて返答せず、城内の散策を再開した。




