第278話 賢者は旧知の二人を眺める
顔を輝かせたルシアナが駆け寄ってくる。
彼女は様々な角度から私を観察すると、そっと抱き付いてきた。
「五年ぶりくらいよね。魔王サマ、全然変わらないわぁ」
「それを言うならお前もだろう」
私はルシアナの拘束から逃れながら指摘する。
彼女の容姿は、初めて出会った頃から微塵も変わっていない。
確かにサキュバスは長命かつ若い時期が長い。
しかし、これだけ変わらないのは異常である。
そもそもサキュバスとは、五百年も生きられる種族ではなかった。
指摘されたルシアナは嬉しそうに応じる。
「でしょでしょ? 不老って本当に便利よねぇ」
しみじみと彼女は語る。
本人の言う通り、現在のルシアナは不老であった。
不死鳥の血を飲んだ影響だ。
幻の存在と言われる不死鳥は防御機構だった。
ところがある時、一つの国家が住処を発見してその血肉を求めて攻撃を開始した。
その危機を救ったのがルシアナなのだ。
対価として血を受け取った彼女は、永遠の若さを手にして満足している。
魔王軍の中でも最古参のルシアナだが、年齢に触れると機嫌を損ねるらしい。
配下達は細心の注意を払っていると聞く。
そんなルシアナは、グロムを見ると涼しい笑みで話しかけた。
「骨大臣も元気そうね」
「当然であろう。何時も万全の状態でなければ魔王は務まらぬ。役職を放棄した貴様とは違うのだ」
グロムはやや辛辣な口調で言う。
彼が言っているのは、ルシアナが魔王をやめた一件だった。
確かあれは三百年ほど前のことである。
当時のルシアナは魔王の一柱を担っていた。
しかし、突如として配下の一人にその座を譲ると、放浪の旅に出てしまったのだ。
後継の魔王となった者が優秀だったため、実務上の問題が起きなかった。
なので、私は特に気にしていない。
自由気ままな彼女らしいとも思った。
ただしグロムは、魔王の立場を捨てた彼女を看過できなかった。
こうして未だに触れるほどには忘れられない出来事らしい。
生真面目な彼らしい考えである。
非難されたルシアナは、うんざりとした様子でグロムに反論する。
「適材適所って言葉、知ってる? 責任感だけじゃ回らないこともあるのよ」
「ぐぬ……」
グロムは唸る。
反撃の言葉が見つからないらしい。
言外にルシアナの主張を認めていた。
気ままに旅をする彼女だが、ただ遊んでいるのではない。
担当だった世界の魔王は毎回ルシアナが決めており、各地の情報収集も怠っていない。
その代の魔王に助言し、時には裏工作に動くこともあるそうだ。
ルシアナは面倒になって役職を放棄したわけではない。
自らに適した立場に移っただけであった。
グロムはそのことを理解している。
だから反論できない。
どちらかと言うと、重大な決断を勝手に敢行した点を怒っているのだろう。
二人の言い分にはそれぞれ正当性があった。
睨み合う両者だったが、やがてルシアナが肩をすくめて苦笑した。
彼女は指先でグロムを軽く突いた。
「まあいいわ。今度、アンタの世界に寄らせてよ」
「うむ、良かろう。案内してやる」
グロムは素直に頷く。
特に拒むような気配はなかった。
長年の付き合い故に、折が合わない時がある。
しかし、好き勝手に言い合えるからこそ、心底では固い信頼が築かれていた。
本当に互いを嫌っているのなら、こうして会話すらできないだろう。
グロムとルシアナは、相変わらず仲が良かった。




