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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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第273話 賢者は意思を継ぐ

 彼女は空中で姿勢を崩し、私に攻撃することなく着地する。

 少しよろめくと、胸に刺さった矢を見下ろした。

 彼女は何かを悟ったような顔になる。


「なるほど、これは……」


「あの時、あなたを死に至らしめた矢です」


 私はあえて言葉にして出す。


 彼女に放った矢は、十数年前の処刑時に使われたものだった。

 この戦いが始まる前に、死者の谷を捜索して見つけてきたのである。


 常人からすれば、ただの朽ちた矢に過ぎない。

 しかし、これで命を落とした彼女にとっては、因縁のある代物だ。

 矢には"勇者を殺害した"という概念が内包されている。

 それは魔術的な意味を持ち、一種の呪いとして作用する。


 矢と勇者は、因果で結ばれているのだ。

 放てば必中の力を宿し、彼女の命を穿つ。


 たとえ不滅の魂だろうと関係ない。

 死の因縁は強力である。

 魂の特性を無視して効果を発揮する。


 必殺の矢を今まで使わなかったのは、それでも彼女が防ぐ恐れがあったからだった。

 互いに極限状態で、最も余裕がない瞬間を狙いたかった。

 故にここまで温存したのである。


「……少し、疲れましたね」


 そう言って彼女は剣を下ろした。

 戦気はもう感じられない。

 彼女は敗北を認めたようだ。

 矢に軽く触れると、淡く微笑んでみせた。


「なんとも、的確な対策です。振り返れば、貴方の対策には何度も助けられました。今回は、我が身で味わうことになりましたが……」


 彼女は懐かしむように言う。

 私との旅の日々を思い出しているのだろう。


 当時、私は参謀のような役割を兼ねていた。

 魔王軍と戦う過程で、あらゆる計画や作戦を立案し、彼女はそれに則って活躍した。

 強大な魔族を相手にする際も、私は徹底的に対策を練ってから交戦に持ち込んだ。

 そうして陰ながら勇者の勝利に貢献してきたのである。


 彼女は私と相対した。

 矢の痛みを感じさせない姿で言葉を紡ぐ。


「強くなりましたね。共に戦った者として、誇らしい限りです」


「あなたのおかげです。私一人では辿り着けなかった領域だ」


 賢者を自称できるのも、彼女がいたからこそであった。

 私を英雄に引き上げたのは、他ならぬ勇者だ。

 魔王になれたのも同様である。

 どちらも彼女という存在が前提で成り立っていた。


 こうして一つの答えに辿り着けたのも、彼女の本心を聞けたからだ。

 此度の戦いは、私自身に大きな影響を及ぼした。

 心底に燻っていた葛藤は解消され、追うばかりであった彼女を超えることができた。


 私は自らの剣を消滅させると、意を決して発言する。


「……クレア様」


「何でしょうか」


「今まで、ありがとうございました」


 私は頭を下げる。

 脳裏を駆け巡る思い出を感じながら、彼女に感謝を告げた。

 声がうわずらないよう、精一杯に意識した。

 震える手を懸命に握り締める。


「いえ、こちらこそ感謝しています。世話をかけましたね」


 顔を上げると、彼女は優しげな表情を浮かべていた。

 澄み切った双眸は、真摯な色を帯びている。


「世界の行方は、貴方に託します。死にゆく勇者の考えに囚われず、己の意志で歩みなさい」


「はい……分かりました」


 私は頷いて応える。

 戦いは魔王の勝利で決した。

 ならば、掲げた主義を通さねばならない。

 それが勝者たる責務であった。


 彼女は夜空を仰いで、小さく息を吐いた。

 下りてきた視線が私を捉えると、確かな喜色を覗かせる。


「こうした蘇りには否定的でしたが、存外に良いものですね」


「どういうことでしょう?」


 私は疑問を呈する。

 彼女が蘇生を望んでいないことは察していた。

 故に良いものと評したことが意外だった。


 釈然としない私に対し、彼女は包み隠さず告白する。


「ドワイト・ハーヴェルト――親愛なる貴方の成長を知れたのです。これ以上の幸福はありません」


 言い終えた途端、彼女は目を潤ませた。

 すぐに俯いて拭うと、私に背中を向ける。

 月と星々に照らされる中、彼女は静かに言う。


「冥府より活躍を見守っています。これ以上の再会は望みませんよ」


「もちろん、分かっております」


「そう、ですか――」


 間もなく彼女は、夜の荒野に倒れた。

 それきり動かなくなる。

 彼女の体内から魂が霧散した。


 勇者の最期を見届けた私は、跪いて黙祷を捧げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 頭の中で勝手にイメージが作られた。素晴らしい!
[良い点] 勇者戦胸熱でした! 勇者としての役割は果たしたけど一人の女性としてはどうだったのかちょっと気になるところ [一言] 仕事しないことで有名な何とかの意思さんはちゃんと昇天したのだろうか
[一言] >死にゆく勇者の考えに囚われず、己の意志で歩みなさい これを言いたかったのかな、と。 でも最後の一言に「もうちょっとデレてよ」という風味を感じてしまったw
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