第270話 賢者は答えを見い出す
彼女はゆらりと身を動かす。
雨の只中に立つその姿は、どこか寂しげだった。
目を離せば消えてしまいそうな儚さがある。
どんな時でも挫けず、気高い精神を持っていた勇者と同一人物とは思えなかった。
しかし、目の前の彼女が真実なのだ。
使命を背負う彼女は、己を偽り続けていたのである。
「これが私の考えです。どうでしょう、失望しましたか?」
「まさか。正真正銘、あなたは真の勇者だ」
私は即答する。
すると彼女は、怪訝そうに尋ねてきた。
「……どうしてそう思ったのですか」
「私とは異なる方針だが、一つの究極的な結論に達している。その考えは否定できない」
彼女は世界平和を望んでいた。
私の描く光景とは差異があるも、それは紛れもなくより良き未来だった。
勇者の名に違わず、今の世界を変えようとしたのだ。
「あなたが人類に寄せる期待は本物だ。私利私欲の果てに処刑されたにも関わらず、その想いを放棄しなかった」
彼女は世界に失望している。
私と同等――ともすれば私以上に見放している。
そのような心境で、人類の未来を信じて、勇者として魔王討伐を成し遂げた。
常人にはとても不可能だろう。
さらに彼女は、苦難の果てに処刑された。
予期せぬ惨劇ではなく、自らの命すらも必要な犠牲として換算していたのだ。
こうして蘇った現在でも、その志に曇りは見られなかった。
彼女は盲目的な正義ではない。
本質的な清濁に気付きながらも、自らの信念を貫き通した。
共に付き従った賢者すら知らない側面である。
私は一歩前へ踏み出す。
そして、彼女に感謝の言葉を告げた。
「勇者様。あなたの本音が聞けて良かった。とても嬉しいです」
「ドワイト……」
彼女は驚いたように呟いた。
そのような表情を見るのも初めてかもしれない。
些細な発見をしながらも、私は続けて語る。
「あなたのやり方が間違っていると考えて、私は別の方法で平和を目指そうとした。しかし、あなたは間違ってなどいなかった! 人々を信じて行く末を委ねる。それも一つの答えだったのです」
勇者も魔王もいらない。
時に争い、傷付きながらも、ありのままに進んでいく。
それこそが、彼女の理想とする世界であった。
真の世界平和への第一歩だ。
そのような未来を、私は魅力的に感じてしまった。
自分の目指す世界平和よりも、ずっと美しい。
絶対悪である魔王は、永劫の恐怖しか与えられない。
不滅の脅威など、幸福とは程遠いだろう。
表情を消した彼女は、核心を突く疑問を発する。
「私の本心を聞いた貴方は、一体どうするつもりでしょう。自らの考えを捨てて、滅びを選択しますか?」
「あなたの描く世界平和は素晴らしい。悪による徹底管理などとは比べるまでもない。このような身に堕ちましたが、今でもあなたを敬愛しています」
私は本心からの言葉を吐露する。
募る想いを余さず彼女に伝えていった。
それを終えたところで、静かに剣を掲げる。
全身から絞り出した大質量の魔力を刃に注ぎ、光線として頭上に撃ち放った。
漆黒の光が雲を貫く。
余波で周囲一帯の雲をまとめて薙ぎ払った。
ほどなくして雨が止み、夜空が見えるようになる。
月を中心に、満点の星々が輝いていた。
雨音を失った辺りに静寂が訪れる。
呆然と佇んでいた彼女は、吹き抜ける風で我に返った。
月明かりの差す中、私は剣を構えて宣告する。
「――故に私は、あなたを超えねばならない」




