第27話 賢者は予期せぬ人物に出会う
転移先は王都の城内にある謁見の間だった。
突然の転移にエルフ達は動揺する。
彼らは互いに寄り添うようにして、一カ所に固まっていた。
妙な真似をする兆しもないので、説明は不要だろう。
「魔王様!」
入口の扉が開き、グロムが姿を見せた。
彼は揉み手をしながら近付いてくる。
「おかえりなさいませ。して、例の一団はどうされ、たの、です……」
慇懃な調子の挨拶が尻すぼみになっていく。
ついに足を止めたグロムは、訝しげにエルフ達を眺める。
そこには確かな嫌悪感があった。
魔王軍以外の者に対して、彼はいつもこの調子だ。
放っておくと脅迫すらしかねない雰囲気なので、念のために釘を刺しておかなければ。
「グロム、話がある」
「はい! 何でしょうか!」
私が呼ぶと、グロムは嬉々として跪いて応じた。
この態度を常に維持してくれればいいのだが、おそらく不可能なのだろう。
相変わらず癖の強い忠臣である。
まあ、この辺りを考えるのは後でいい。
何用かと期待するグロムに、私は経緯と方針を簡潔に伝えた。
「さすがは魔王様。不測の事態を逆手に取り、エルフ共を手に入れるとは流石ですな。彼らも魔王様の配下となれてさぞ幸せでしょう」
状況を知ったグロムは満足げに述べる。
新たな配下が加わったことを、彼は歓迎しているようだ。
魔王領の繁栄こそ、彼の幸福なのだろう。
私はエルフ達を一瞥する。
彼らは息を潜めて硬直していた。
グロムに向けられた視線に、明確な恐怖が滲んでいる。
慇懃な言動で忘れそうになるが、グロムは最高位のアンデッドだ。
単騎で複数の国を相手取れるような力を持つ。
対峙するだけで死を予感させるような存在である。
そのようなアンデッドが目の前にいるのだ。
エルフ達が恐怖するのも無理はない。
現状を見る限り、両者の対話は難しいだろう。
この場は私が何とかするしかない。
そう決めた私はグロムに命令を下す。
「これから帝国軍を迎撃する。そのための軍の編成を頼む。ヘンリーにも声をかけておけ」
「承知しました! すぐにご用意致しますっ!」
グロムは流れるような動きで退室した。
派手な動作に対して、扉は音もなく閉じられる。
彼の采配はいつも過不足が無い。
幾度もの侵略を経て、要領をよく理解していた。
今回もすぐに適切な戦力を用意するだろう。
グロムは参謀として非常に優秀なのだ。
私は居心地が悪そうなエルフ達に注目する。
彼らは不安な面持ちで佇んでいた。
族長代理だけが気丈に振る舞っている。
内心ではどう思っているか定かではないものの、弱った姿を見せないように意識していた。
「……さて」
私はエルフ達に歩み寄る。
露骨に警戒する彼らをよそに、意識を集中させる。
出撃準備が整うまでに、やるべきことを消化しておこうと思う。
私は数ある禁呪のうちの一つを行使する。
虚空から無数の光線が放たれ、それらがエルフ達の片手に命中した。
勘の良い者は回避行動を取るが、光線は容赦なく追尾して捉える。
焼けるような音と共に、エルフ達は苦悶の表情を見せた。
光線が止まると、彼らは自身の手を確認する。
手の甲には、揃いの刻印が浮かんでいた。
「な、何を……」
手の甲を押さえる族長代理が、私に批難の目を向ける。
いきなり苦痛を与えられたのだ。
そういった風に見られるのも仕方ない。
私は意に介さない調子で答える。
「隷属の刻印だ。これで口約束ではなくなった」
エルフ達に施した刻印には、魔術的な力が込められている。
私への反逆行為を阻害する効果があった。
念じるだけで苦痛を与えられる。
そのまま悶死させることも可能だった。
さらに刻印はエルフ達の子孫にも自動的に受け継がれる。
その性質は呪術に近い。
解呪するには私と同格以上の術者が必要のため、実質的には不可能である。
これでエルフ達は名実共に私の隷属となった。
世界樹の森で待つ彼らの同胞にも、同じ刻印を施すつもりだ。
当然、猛反発が予想されるが、そんなことはどうでもいい。
私は族長代理の覚悟と答えを聞いた。
彼女の意思を尊重し、逆らうエルフには相応の罰を加える。
それが魔王の在り方だろう。
エルフ達は顔を見合わせて隷属刻印に触れている。
私に対して、怯えと憎悪の入り交じった感情を向けていた。
そんな中、族長代理は前に進み出て発言する。
「あの、森に戻って此度の報告をしたいのですが……」
「いいだろう。私も同行する」
世界樹の森で待つエルフ達にも経緯の説明は必須だろう。
迎撃軍が編成される前に、その旨を伝えておいた方がいい。
後回しにすると余計な混乱を招くことになる。
私はさっそく転移魔術を行使し、エルフ達を連れて世界樹の森へ移動した。
かなりの距離があるが、おおよその位置は分かっているため転移も容易い。
魔王領から遥か西部――滅亡した小国の領土を越えた先に森はある。
刹那の浮遊感を経ると、辺り一帯は森になった。
清涼な空気で、潤沢な魔力が漂っている。
精霊の気配もはっきりと感じられた。
そして、樹木からは聖気が発せられている。
骨の身体に痺れに近い痛みを知覚する。
ここは不死者を拒む土地だ。
私への影響は微小で済んでいるものの、低位のアンデッドは行動に支障を来たすだろう。
迎撃軍を同行させる際は、使役するアンデッドに保護の魔術をかけておかねば。
周囲は静寂に包まれていた。
戦いの形跡も見られない。
この辺りでは帝国との諍いは起きていないらしい。
地形の観察をしていると、接近してくる複数の気配を感知した。
忍び寄ろうとしているようだが、こちらには丸分かりである。
ほどなくして、樹木の上にエルフ達が表れた。
彼らは弓を構えている。
その数は五十を下らないだろう。
私達はあっという間に包囲された。
索敵の魔術が張ってあるので、それを頼りにやってきたに違いない。
なかなかに迅速な対応である。
「や、やめなさいっ! ここで手を出したら私達は……ッ」
族長代理が慌てた様子で制止の声を上げる。
私の機嫌を損ねることを恐れているのだ。
ほんの気まぐれで、この場のエルフが皆殺しになり得ることを彼女は知っていた。
しかし、周囲のエルフ達は弓を下ろさない。
彼らにも命令が下されているのだろう。
それこそ、族長代理の言葉を無視するほどの者からの命令が。
一触即発の空気の中、前方からエルフの集団が歩いてきた。
数名の護衛らしき者が付き添っているので、一族の重鎮なのだろう。
私はその中の一人に注目する。
紫色の瞳をしたエルフの男だ。
見た目は三十前半で、簡素だが上等な布で仕立て上げられたローブを着ている。
彼は強靭な意志を窺わせる顔付きをしていた。
その時、古い記憶が刺激された。
無数の光景が脳裏で明滅する。
私は微かな頭痛を覚える。
「…………」
心身の異変を表に出さず、私はエルフの男を注視する。
やはり見間違いや幻などではない。
正真正銘、そこに存在している。
彼の名はローガン・リィン・フリーティルト。
生前の私にとって、数少ない友人の一人であった。




