表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/288

第27話 賢者は予期せぬ人物に出会う

 転移先は王都の城内にある謁見の間だった。

 突然の転移にエルフ達は動揺する。

 彼らは互いに寄り添うようにして、一カ所に固まっていた。

 妙な真似をする兆しもないので、説明は不要だろう。


「魔王様!」


 入口の扉が開き、グロムが姿を見せた。

 彼は揉み手をしながら近付いてくる。


「おかえりなさいませ。して、例の一団はどうされ、たの、です……」


 慇懃な調子の挨拶が尻すぼみになっていく。

 ついに足を止めたグロムは、訝しげにエルフ達を眺める。

 そこには確かな嫌悪感があった。

 魔王軍以外の者に対して、彼はいつもこの調子だ。

 放っておくと脅迫すらしかねない雰囲気なので、念のために釘を刺しておかなければ。


「グロム、話がある」


「はい! 何でしょうか!」


 私が呼ぶと、グロムは嬉々として跪いて応じた。

 この態度を常に維持してくれればいいのだが、おそらく不可能なのだろう。

 相変わらず癖の強い忠臣である。

 まあ、この辺りを考えるのは後でいい。

 何用かと期待するグロムに、私は経緯と方針を簡潔に伝えた。


「さすがは魔王様。不測の事態を逆手に取り、エルフ共を手に入れるとは流石ですな。彼らも魔王様の配下となれてさぞ幸せでしょう」


 状況を知ったグロムは満足げに述べる。

 新たな配下が加わったことを、彼は歓迎しているようだ。

 魔王領の繁栄こそ、彼の幸福なのだろう。


 私はエルフ達を一瞥する。

 彼らは息を潜めて硬直していた。

 グロムに向けられた視線に、明確な恐怖が滲んでいる。


 慇懃な言動で忘れそうになるが、グロムは最高位のアンデッドだ。

 単騎で複数の国を相手取れるような力を持つ。

 対峙するだけで死を予感させるような存在である。


 そのようなアンデッドが目の前にいるのだ。

 エルフ達が恐怖するのも無理はない。

 現状を見る限り、両者の対話は難しいだろう。

 この場は私が何とかするしかない。


 そう決めた私はグロムに命令を下す。


「これから帝国軍を迎撃する。そのための軍の編成を頼む。ヘンリーにも声をかけておけ」


「承知しました! すぐにご用意致しますっ!」


 グロムは流れるような動きで退室した。

 派手な動作に対して、扉は音もなく閉じられる。


 彼の采配はいつも過不足が無い。

 幾度もの侵略を経て、要領をよく理解していた。

 今回もすぐに適切な戦力を用意するだろう。

 グロムは参謀として非常に優秀なのだ。


 私は居心地が悪そうなエルフ達に注目する。

 彼らは不安な面持ちで佇んでいた。

 族長代理だけが気丈に振る舞っている。

 内心ではどう思っているか定かではないものの、弱った姿を見せないように意識していた。


「……さて」


 私はエルフ達に歩み寄る。

 露骨に警戒する彼らをよそに、意識を集中させる。

 出撃準備が整うまでに、やるべきことを消化しておこうと思う。


 私は数ある禁呪のうちの一つを行使する。

 虚空から無数の光線が放たれ、それらがエルフ達の片手に命中した。

 勘の良い者は回避行動を取るが、光線は容赦なく追尾して捉える。


 焼けるような音と共に、エルフ達は苦悶の表情を見せた。

 光線が止まると、彼らは自身の手を確認する。

 手の甲には、揃いの刻印が浮かんでいた。


「な、何を……」


 手の甲を押さえる族長代理が、私に批難の目を向ける。

 いきなり苦痛を与えられたのだ。

 そういった風に見られるのも仕方ない。


 私は意に介さない調子で答える。


「隷属の刻印だ。これで口約束ではなくなった」


 エルフ達に施した刻印には、魔術的な力が込められている。

 私への反逆行為を阻害する効果があった。

 念じるだけで苦痛を与えられる。

 そのまま悶死させることも可能だった。


 さらに刻印はエルフ達の子孫にも自動的に受け継がれる。

 その性質は呪術に近い。

 解呪するには私と同格以上の術者が必要のため、実質的には不可能である。


 これでエルフ達は名実共に私の隷属となった。

 世界樹の森で待つ彼らの同胞にも、同じ刻印を施すつもりだ。

 当然、猛反発が予想されるが、そんなことはどうでもいい。


 私は族長代理の覚悟と答えを聞いた。

 彼女の意思を尊重し、逆らうエルフには相応の罰を加える。

 それが魔王の在り方だろう。


 エルフ達は顔を見合わせて隷属刻印に触れている。

 私に対して、怯えと憎悪の入り交じった感情を向けていた。

 そんな中、族長代理は前に進み出て発言する。


「あの、森に戻って此度の報告をしたいのですが……」


「いいだろう。私も同行する」


 世界樹の森で待つエルフ達にも経緯の説明は必須だろう。

 迎撃軍が編成される前に、その旨を伝えておいた方がいい。

 後回しにすると余計な混乱を招くことになる。


 私はさっそく転移魔術を行使し、エルフ達を連れて世界樹の森へ移動した。

 かなりの距離があるが、おおよその位置は分かっているため転移も容易い。

 魔王領から遥か西部――滅亡した小国の領土を越えた先に森はある。


 刹那の浮遊感を経ると、辺り一帯は森になった。

 清涼な空気で、潤沢な魔力が漂っている。

 精霊の気配もはっきりと感じられた。


 そして、樹木からは聖気が発せられている。

 骨の身体に痺れに近い痛みを知覚する。

 ここは不死者を拒む土地だ。

 私への影響は微小で済んでいるものの、低位のアンデッドは行動に支障を来たすだろう。

 迎撃軍を同行させる際は、使役するアンデッドに保護の魔術をかけておかねば。


 周囲は静寂に包まれていた。

 戦いの形跡も見られない。

 この辺りでは帝国との諍いは起きていないらしい。


 地形の観察をしていると、接近してくる複数の気配を感知した。

 忍び寄ろうとしているようだが、こちらには丸分かりである。

 ほどなくして、樹木の上にエルフ達が表れた。

 彼らは弓を構えている。

 その数は五十を下らないだろう。


 私達はあっという間に包囲された。

 索敵の魔術が張ってあるので、それを頼りにやってきたに違いない。

 なかなかに迅速な対応である。


「や、やめなさいっ! ここで手を出したら私達は……ッ」


 族長代理が慌てた様子で制止の声を上げる。

 私の機嫌を損ねることを恐れているのだ。

 ほんの気まぐれで、この場のエルフが皆殺しになり得ることを彼女は知っていた。


 しかし、周囲のエルフ達は弓を下ろさない。

 彼らにも命令が下されているのだろう。

 それこそ、族長代理の言葉を無視するほどの者からの命令が。


 一触即発の空気の中、前方からエルフの集団が歩いてきた。

 数名の護衛らしき者が付き添っているので、一族の重鎮なのだろう。

 私はその中の一人に注目する。


 紫色の瞳をしたエルフの男だ。

 見た目は三十前半で、簡素だが上等な布で仕立て上げられたローブを着ている。

 彼は強靭な意志を窺わせる顔付きをしていた。


 その時、古い記憶が刺激された。

 無数の光景が脳裏で明滅する。

 私は微かな頭痛を覚える。


「…………」


 心身の異変を表に出さず、私はエルフの男を注視する。

 やはり見間違いや幻などではない。

 正真正銘、そこに存在している。


 彼の名はローガン・リィン・フリーティルト。

 生前の私にとって、数少ない友人の一人であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 人間至上主義な賢者だったのか知らないけど行動は人間至上主義なのが残念 元魔王軍を受け入れたりしてたから亜人差別のない思考かと思ってた 奴隷刻印できるなら臣従した人間にも奴隷刻印しないと人間に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ