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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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第269話 賢者は勇者の本懐を知る

 私は思わぬ言葉を受けて硬直する。

 その隙に彼女は、肩に刺さる刃を振り払って瞬時に後退した。


 私は追撃できずに立ち尽くす。

 激しい雨が、心を冷やしていった。

 思考が乱れる中、私は辛うじて疑問を口にする。


「何を、言っているのですか」


「貴方が思うほど、私は優れた英雄ではありません」


 彼女は告白する。

 どこか吹っ切れたような表情だった。

 肩からの出血で衣服を濡らしながらも、それを感じさせない。

 痛がりもせずに彼女は話す。


「はっきり言いましょう。世界はどうしようもなく醜い……滅びても文句を言えないほどに」


「なっ……」


 私は今度こそ言葉を失った。

 よろめいた拍子に、ぬかるみで滑りそうになる。

 なんとか立て直すも、気持ちはそうもいかなかった。


 彼女はそんな私を眺めている。


「驚きましたか? 私がこのような考えだとは思わなかったでしょう」


「いつからそのように考えていたのですか」


「貴方との旅を始める前からです」


 彼女の答えは、私の記憶を根本から歪めるような衝撃をもたらした。

 思わぬ真実だった。

 私の知らない勇者の一面である。

 ずっと共に行動していたというのに、何も分からなかった。

 私が鈍いのもあるが、彼女は巧妙に隠していたのだろう。


「きっと私は、誰よりも世界に失望している。その上で希望の象徴になろうと志しました」


「……なぜですか」


「その決意がなければ、何もかもを壊したくなったからです」


 彼女は真の通った声で述べる。

 一瞬、瞳に昏い色が見えた。

 ぞっとするような輝きだった。

 それはすぐに消える。


 彼女は両手を広げながら言う。


「このような世界でも、確かな正義が求められています。私は勇者という役割を通して、人々の善性を引き出したかった」


 それは紛れもなく彼女の本音であった。

 救世の勇者は、旅の過程でも数々の逸話を残している。

 各地で人助けをして、その名声を高めていた。

 世界に失望しながらも、彼女は率先して救いの手を差し伸べていたのだ。


「死者の谷で処刑された時、世界の行く末も考えていました。魔王と勇者がいなくなれば、きっと人間同士の争いが勃発する。見事にその通りになっていましたね」


「あなたは、人々の自滅を望んでいたのですか?」


 私が問うと、彼女は首を振って否定する。

 雨脚はさらに勢いを強めつつあった。

 声を掻き消されそうになりながらも、彼女は告白を続ける。


「私は世界の自浄作用に期待しました。戦争で傷付いた人々が、苦難の果てに互いを尊重して認め合う。魔王や勇者に依存しない未来こそ、真の平和だと考えたのです」


「しかし、自浄に失敗して滅ぶかもしれない」


「その時はその時です。滅んでしまえばいいと思いますよ」


 彼女は笑顔で過激な回答を述べた。

 冗談を言う性格でないのは知っている。

 実際、私を見るその目は嘘でないと主張していた。

 魔王を倒した彼女は、世界の滅びを容認したのである。


「勇者様、あなたは……」


 私は膝から崩れ落ちそうになり、地面に剣を突き刺して耐えた。

 精神的な衝撃が大きすぎる。

 強烈な不快感も併発していた。

 人間の身体なら、胃の中身を吐き出しているだろう。


「貴方は人々の善性を諦めて、世界の維持を徹底した。私は人々の善性を信じて、世界の滅びを許容した。平和を願う想いは同じでしたが、そこが決定的に違いましたね」


 言い終えた彼女は前に踏み出す。

 そこで剣を一閃させた。

 淀みなき斬撃が、周囲の雨を止めた。

 しかし、すぐに押し流されるように雨が再開する。


 曇った空を仰ぐ彼女は、視線を私に戻す。


「貴方の行為を"救いの悪"と呼ぶのなら、さしずめ私は"滅ぼす正義"でしょうか。なんとも皮肉な構図です」

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― 新着の感想 ―
[良い点] どちらも正しい。正論だ。 これよ。綺麗事など所詮は絵空事。 醜くも美しく、選択する苦痛を伴う現実こそが必要な物だ。 俺たち人間が選んだ選択だ。第3の選択など必要ない。
[一言] >彼女は真の通った声で述べる。 「芯の通った声」
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