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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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第268話 賢者は勇者と問答を交わす

 彼女の宣言は、私の心に強く響いた。

 燻る感情を自覚しながらも、私は漆黒の剣を生成する。

 そこに魔力を通して、刃を高速振動させた。

 破壊力を劇的に上昇させたその状態で剣を構える。


 私は幾分かの躊躇いを覚えながら彼女に告げる。


「かつて我々の正義は失敗した。魔王亡き世界は、平和とは程遠いものでした」


 私は駆け出すと、真っ先に彼女へ斬りかかった。

 驚異的な反射神経で防がれるも、ひたすら追撃を加えていく。

 反撃できないように全力で攻撃を繰り返した。


「抑止力がいなければ、人類は争うばかりだった。故に絶対的な悪が求められている」


 私は剣を片手持ちに切り替えて、空いた手に幾多もの魔術を並行発動させた。

 それらを圧縮したまま維持し、彼女に叩き込もうと突き出す。


 彼女は寸前で躱すと、翻った拍子に私の手首を切断した。

 落下した手が魔術を暴発させた。

 私と彼女は同時に退避する。


 制御を失った魔術は、色鮮やかな光を飛ばしながら炸裂した。

 魔術と雨が降り注ぐ中、私達は再び衝突する。

 互いの剣を高速で打ち合わせて殺し合っていた。

 何度か殺されながらも、私は縋るようにして攻め立てていく。


「口では魔王討伐を謳いながらも、各国は安堵しているのです。これで隣国との戦争を先延ばしにできる、と」


 本当に望まれていないのなら、私は魔王になっていない。

 今ならば確信を持って言える。

 私は世界に抗ったのでない。

 人々の願いが私を顕現させたのである。


 対する彼女は、冷徹な様子で攻撃を弾いていた。

 そして淡々と反論を投げてくる。


「貴方の目指す世界平和は、妥協に過ぎません」


「ええ、妥協です。私だって無血の平和を築きたい。それが不可能だと知ったから、こうして悪に徹している……ッ」


 感情の高まりを認知しながらも、もはや抑えることができなかった。

 心の奥底に沈ませていた本音が、腐泥のように溢れてくる。


「人々は、あなたの偉業と犠牲を侮辱した! 醜い欲望のために、使い捨てたのです!」


 私は感情に任せて猛攻を続ける。

 不思議と身体は軽かった。

 まるでこれを望んでいたのだと言わんばかりに動けるのだ。

 攻撃速度が際限なく上がっていく。


 彼女は防戦を強いられていた。

 先ほどまでとは形勢が逆転している。

 それでも傷一つ負わせられないのは、彼女の卓越した技量によるものだろう。


「勇者様。私を倒した後、あなたは世界を平和に導けますか? あなたの考えを、教えてください」


 私は剣を叩き付けながら問いを重ねる。


 刹那、彼女は鋭い一撃を返してきた。

 弧を描く刃が私の腕を切断していった。

 そこで私は飛び退いて、ようやく足を止める。

 遅れて欠損部分を瘴気で補った。


 その間、彼女は無言で佇んでいた。

 私の腕が治る様をじっと観察し、終了に合わせて答えを口にする。


「私は平和を導きません」


「……どういうことですか?」


 私は少なからず困惑する。

 予想していない言葉であったのだ。


 彼女は平然と話を続ける。


「そのままの意味です。私が導くのではない。世界全体――人々が互いに協力して目指すものです。私達の行動は、そのきっかけでした」


「欺瞞だ。協力できなかった結果が今の世界です」


 彼女が語るのは、ただの綺麗事だった。

 ただの理想論であり、実際は決して叶えることができない。

 それができるのなら、私は魔王になっていないだろう。


 彼女は剣を一度だけ振るうと、雨で張り付いた前髪を掻き上げる。

 少し投げやりな動作に見えたのは、気のせいだろうか。


「ドワイト。貴方の言い分は正しい。確かな真実を捉えています」


 次の瞬間、彼女の姿が霞む。

 私は瞬時に接近を察知すると、咄嗟に剣を動かした。

 重い衝撃と金属音が走る。

 瘴気の剣が欠けるも、首を狙う斬撃を食い止めることに成功した。


「しかし、貴方の生み出す未来は、閉塞しています。管理される人類に、本当の希望があると思いますか?」


「その希望とやらに執着して、争いを野放しにしろと言うのか! それが、あなたの……世界を救った勇者の結論か!」


 私は声を荒げながら剣を押し込む。

 踏ん張る彼女を尻目に、その首筋に刃を添えた。

 密着した互いの剣は、擦れる音を立てて震えている。


(膂力ではこちらに分がある)


 私はこのまま一気に押し切ろうとする。

 その時、彼女は唐突に脱力して身を捻った。


 抵抗感を失った私の剣は、弾みで彼女の肩に食い込んだ。

 そこから、じわりと血が滲む。

 切断には至っていないが、感触からして骨の表面にまで達しているだろう。


 しかし、彼女は平然としていた。

 いや、よく見ると大きな変化がある。


 それは彼女の浮かべる表情だ。

 呆れや自嘲、諦めを含む苦笑を覗かせている。

 何かを痛がるようにも見えた。

 今まで目にしたことのない複雑な表情だった。


 肩の傷を一瞥した彼女は、意味深な声音で私に呟く。


「――あなたはクレア・バトンを美化し過ぎですね」

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