第267話 賢者は勇者に問いかける
横薙ぎの剣が、私の側頭部に炸裂した。
刃が叩き割るようにして通過し、余波で頭部全体が砕け散る。
私は別のアンデッドを素体に復帰すると、その場から魔術を放った。
瘴気を混ぜた雷撃だ。
彼女は剣で逸らしながら接近し、私の胴体を一突きする。
そこから斬り上げて上半身を粉砕してきた。
視界が滅茶苦茶に乱れて、すぐに正常な状態に戻る。
「…………」
また別の身体に切り替えた私は、何もせずに佇む。
遠くに立つ彼女は、静かにこちらを振り向いた。
どこまでも落ち着いており、激戦を窺わせない表情だった。
雨の勢いは強まる一方で、地面の所々にぬかるみができていた。
しかし、彼女の身のこなしは、微塵のぶれも感じさせない。
時間経過とともに洗練される始末だった。
(まったく、困ったな)
私は既に何十回と敗北していた。
彼女の操る剣に圧倒されて、そのたびにアンデッドの肉体から蘇っていた。
魔王になった当初から、この特性を使ったことは滅多にない。
基本的に戦闘において負けることがないためだ。
一部の難敵は、復活を阻害するような能力を使用していた。
故に苦戦するような状況に限って、蘇ることができなかったのである。
だから、これだけ何度も破壊されるのは初めての経験だった。
無論、あまり気分の良いものではない。
なるべく味わいたくない感覚である。
剣を下ろした彼女は、冷徹な口調で述べる。
「動きが単純になっています。集中しなさい」
「…………」
私は彼女を見つめる。
気が付くと、胸の内の疑問を発していた。
「勇者様……あなたは、まだ勝つつもりなのですか?」
「どういう意味でしょう」
「私は確かに劣勢です。しかし、決して滅びない。これだけの代えがあり、他所から追加することもできる」
現状、一度も攻撃を当てられていない。
私は何度も倒されている。
ところが、損害は皆無に等しかった。
少し気疲れしている程度で、それも無視できる範疇である。
「対するあなたは、たった一人の人間です。ほんの僅かな傷さえ致命傷になり得る。勝利するには、途方もない数の魔王を斬り伏せねばならない」
規格外の強さを手にしたとは言え、彼女は紛れもなく人間である。
超絶的な剣技を有するが、それだけなのだ。
私を完全に殺害するためには、世界中に配置されたアンデッドを殲滅しなければならない。
そこにはグロムやドルダ、所長といった面々も含まれている。
足りなければ、人間を襲って新たなアンデッドにして増やすこともできる。
人間である彼女は、徐々に疲労していくだろう。
その間も、最強の魔王を相手に勝ち続ける必要があった。
したがって勝利は絶対に不可能だ。
私の特性は反則そのものであった。
真剣勝負に見えて、実際は違う。
卑怯な私は、絶対に勝てる布陣を敷いていた。
個人が敵う存在ではなく、それは彼女であろうと同じだった。
「厳しい戦いであることは理解しています。その上で私は対峙しているのです」
彼女は私の主張を一蹴するかのように断言する。
それは決して強がりではなかった。
正義を据えた瞳は、未だ輝きを保っている。
彼女は剣の切っ先をこちらに向けた。
「私は勇者です。悪を為す魔王が君臨するのなら、幾千幾万だろうと倒し続けましょう。その覚悟がなければ、このような使命は背負いません」




