第266話 賢者は剣技に圧倒される
(強い。想像以上だ)
絶え間なく攻撃を捌きながら、私は胸中で唸る。
我ながら人間だった頃とは比べ物にならない力を手に入れた。
魔王となって数々の難敵を打破し、もはや世界の外に蔓延る獣すら蹂躙できるようになった。
そのような存在になった私を、彼女は凌駕しようとしている。
互角以上の戦いに持ち込み、ともすれば私を押し切ろうとしていた。
剣だけで瘴気を払うという離れ業も披露した。
本来ならば、瘴気を斬ったところで意味はない。
そのまま彼女の剣と腕を蝕むだけだ。
ところが現実は、瘴気の消滅という形で終わった。
理論は置き去りにされて、有利な結果が引き寄せられた。
彼女に組み込まれた世界の意思が、その特性を発現したのだろう。
勇者の剣技を、理外の領域へと押し上げたのである。
私は自らに身体強化を施し、さらに思考を加速させた。
そうすることで彼女の猛攻に抗う。
時折、魔術による反撃を挟もうとするが、いずれも切断されて無効化された。
彼女の勘の良さは異常だった。
術が発動する前に妨害されるばかりであった。
(厳しいな……)
鋭い角度からの刺突が襲いかかってくる。
私はなんとか弾くも、切っ先が首の骨を掠めていった。
勢いよく仰け反ることで、斬首を回避する。
その時、彼女は片手を剣から離すと、腰の鞘を掴んだ。
私は何をされるか理解し、咄嗟に転移しようとする。
しかし、無詠唱を超える速度で鞘を一閃された。
鞘による殴打が、私の手首を粉砕した。
弾みで剣を取り落とす。
僅かに下がった視線を戻すと、そこには剣を掲げる彼女がいた。
(――速すぎる)
振り下ろされた剣が、私を頭部から真っ二つに縦断していく。
その感覚と同時に視界が黒く染まる。
次の瞬間には、遠目に彼女を眺めていた。
「…………」
私は無言で身体を見下ろす。
骨に張り付いた腐肉が燃えて、骨自体が黒く変色し始めていた。
あの一撃で破壊された私は、外周のアンデッドのうち一体から復活したのである。
雨の降る中、あの人は私を見つめていた。
その口が問いを発する。
「まだ続けますか?」
「……当然です」
私は前に進み出ると、新たに剣を生み出す。
現在の私と彼女を比べた場合、こちらが有利な点がある。
それは復活可能ということだ。
彼女はただの人間であった。
その魂は不滅で破壊されても再生できるが、肉体的には死を迎える。
一方で私には大量の身体が用意されている。
何も死を恐れることはない。
不死者らしい戦いを見せようと思う。




