第265話 賢者は勇者と剣を交わす
私は無言で突進すると、剣を横薙ぎに振るう。
彼女はこちらの斬撃に刃を合わせると、下から掬うように受け流してきた。
甲高い金属音と共に、幾重にも火花が散る。
全力の一撃は、さっそく宙を切ることになった。
「完璧に真似ていますね。流石です」
そう言って彼女は加速すると、踏み込みからの刺突を敢行する。
額を狙う一撃に、私は寸前で剣を戻した。
後方へ跳びながら防御し、衝撃で吹き飛ばされる。
着地した私は剣を一瞥する。
刺突を受けた箇所に大きな亀裂が走っていた。
かなりの硬度なのだが、勇者の剣の前では意味を為さないらしい。
私は瘴気を注いで破損部分を修復する。
(……これは不味いな)
戦いが始まってから暫し。
私は自らの劣勢を認めざるを得なかった。
先代勇者は途方もなく強い。
あまりの剣速に対応できないことが多々あった。
防御することに精一杯で、反撃すら満足にできない。
魔術を行使するだけの余裕はなかった。
そちらに意識を注ごうとすれば、その分だけ剣技が疎かになってしまう。
いつもなら気にも留めない程度の誤差だが、彼女との戦いではその差が致命的となる。
危うく斬られそうになる場面が連続していた。
距離を取ろうとしても、彼女はそれを許さない。
常に剣の間合いまで詰め寄って来るため、有利な射程が築けなかった。
転移の発動を感知すると、妨害するか或いは転移先まで駆けてくる。
それでもなんとか空中に逃れて魔術を連打すれば、斬撃で残らず跳ね返してきた。
彼女は一太刀ごとに成長を遂げていた。
私が力を尽くすと、それに比例して強さを増している。
まさに不条理な正義を体現していた。
世界の意思を宿した存在は伊達ではない。
(隙が無い。どうすればいい?)
自問自答を行いながら、私は出方を窺う。
その間も剣を構え続けており、魔術も使えるようにしていた。
極限を超えた集中力を以て両立させる。
「来ないのなら、こちらから行きますよ」
そう述べた彼女は、私の目前まで一瞬で移動する。
まるで転移を使ったかのような挙動だが、実際はただ疾走してきただけだ。
純粋な身体能力による高速接近であった。
地を這うような姿勢から、彼女は剣を振るおうとしている。
回避は、もう間に合わない。
そう悟った私は、防御系の禁呪を発動させた。
発生しかけた茨の盾は、しかし紙のように切り裂かれる。
完成する前に攻撃を受けたため、本来の耐久性を発揮できなかったのだ。
常識的にはありえない現象であった。
茨の盾を割った斬撃は、伸び上がるようにして私を狙う。
そこに紙一重で剣を滑り込ませて防ぐ。
あまりの威力に私の持つ剣が軋んだ。
再び亀裂が生まれて、真っ二つに折れようとしている。
この拮抗も一瞬だと察した私は、体内の瘴気を霧のように放出した。
至近距離からの変則技に対し、彼女は私の剣を跳ね除ける。
そして、瘴気を斬撃で消し飛ばしてみせた。
「――何」
驚きも束の間、畳みかけるような連撃が襲いかかってきた。
一切の容赦もなく、彼女は攻め立ててくる。
私は閉口を余儀なくされた。
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