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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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263/288

第263話 賢者は再会を果たす

 雨に濡れる彼女は、純白の衣服を纏っていた。

 一見するとただの衣服だが、すべてが魔力で構成されている。

 生半可な鎧よりも丈夫だろう。


 彼女は遠目に私を見据えている。

 その佇まいは、記憶にある通りであった。

 決して幻などではない。

 確かにそこに存在している。


 ただ、かつてのあの人とは異なる点がある。

 彼女の身は、圧倒的な量の魔力を宿していた。

 もはや人間の領域にない。

 世界の意思も内在しているため、秘める力は底が見えないほどに膨大だ。

 まるで世界そのものが擬人化したかのようであった。


 そう、私が行使した術は厳密には蘇生ではない。

 数々の例外的な手法で生み出した人間に、主人格として彼女を据え置いたような形である。

 もしかすると、不具合から性格や記憶が変わっている可能性も考えられた。


 気を引き締めた私は、意を決して話しかける。


「勇者様……」


「ドワイト、久しぶりですね。また貴方に会えるとは思えませんでした」


 彼女は静かに発言する。

 凛とした雰囲気は、当時とまったく同じだった。

 生前の旅を彷彿させる。


 この時点で私は、彼女の人格が変貌していないことを悟る。

 世界の意思という不条理を組み込まれながらも、彼女は己を見失っていなかった。

 確固たる個人としてそこに立っている。


 私は一連の出来事を説明しようとする。

 しかし、彼女が手を上げてそれを遮った。


「状況は理解しています。私を蘇らせたのですね」


「……はい。あなたに今の世界を見ていただきたかったのです」


 術式の関係上、彼女は世界の意思と形見の剣に繋がりを持っている。

 それらを経由して、見聞きしていない情報を把握したようだ。

 聡明な彼女は大きく混乱することもなく、自身の蘇生と十数年の経過を受け入れていた。


「死者の谷で処刑された時、貴方は深い後悔と悲しみ――そして強い憤りを抱いていました。まさか魔王になるとは予想外でしたが、あなたらしくもありますね」


 彼女は私を見ながら語る。

 黒き不死者となった私を前にしても、動揺は感じられなかった。

 闇に堕ちた私を嘆いたり、叱責することもない。

 それどころか、私らしいとまで言ってのけた。

 芯の通った眼差しは、理知的な色を以て私を捉えている。


 その事実を受けて、私は視線を僅かに下げた。


「……申し訳、ありません」


「なぜ謝るのですか?」


「私は、あなたの意向を否定した。大人しく処刑されることを良しとせず、禁忌の力に手を染めました」


「しかし貴方は、復讐心だけに駆られて魔王になったのではない。違いますか?」


 彼女は断定しながら問いかけてくる。

 自らの推測を微塵も疑っていない。

 何も言っていないにも関わらず、彼女は真の目的を看破していた。


 ただ記録を手にしただけでは知り得ない部分である。

 私の性格を加味した予想だろう。


(隠し事はできないな……)


 私達は互いに命を預けてきた仲だ。

 ある程度の考えや心情を察することができる。

 特にあの人の洞察力は、舌を巻くほどに鋭かった。

 私が陰で悩めば、すぐさま相談を促すほどであった。


 下手な誤魔化しや嘘は必要ない。

 私は本音を吐露することにした。


「世界の平和を、維持したかった。あなたの理想とする未来とは異なりますが、私なりに答えを出した結果でした」


 人々への復讐心がなかったとは言わない。

 私怨を抱えて死者の谷を脱し、王都を襲撃したのは事実であった。

 未だに人類に対する失望や諦めは残っており、だからこそ魔王として君臨している。


 その一方で、世界平和の実現を目指す心も本物だった。

 彼女が成し遂げられなかったことを引き継ぎたいと考えた。

 過程の方針を切り替えることで、成功に導こうとしたのである。

 きっと最善ではなかったが、今日まで私なりに力を尽くしてきた。


 私の告白を聞いた彼女は、親しみのある微笑を見せる。

 懐かしい表情だった。


「生真面目な貴方は、いつも真剣に物事を考えていましたね。ともすれば私よりも理想家であり、同時に現実主義者でもあった」


「……つまり、どういうことでしょうか」


「貴方の思い描く世界平和を否定するつもりはありません。貴方が十年もの歳月を経て辿り着いた答えです。自信を持って掲げなさい」


 彼女は断言すると、柄に手をかけた。

 ゆっくりと剣が引き抜かれる。

 切っ先をこちらに向けた彼女は、落ち着いた声音で宣言する。


「――その上で、私は貴方に立ち向かいます」


「やはり、そうなるのですね」


「貴方の考えには共感しますが、賛同はできかねます。故に勇者として止めなければならない」


 彼女は迷いなき調子で言った。

 ディエラから釘を刺されていたが、やはり勇者とはそれに相応しい精神を有している。

 私が最も憧れた人物は、色褪せない高潔さを持っていた。


 この瞬間、私は理解する。

 彼女との再会には、大きな意味があった。


 己の目的に共感してもらうために蘇らせたのではない。

 もちろん滅ぼされるためでもない。


 ――現代の魔王として、世界最高の勇者を超えるためであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 清清しく、呼んでて納得できるいいストーリー。後はぶつかるのみか・・・・。
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