第261話 賢者は魔法陣を完成させる
ほどなくしてディエラ達は慌ただしく去っていった。
これで幹部全員と話ができた。
さすがに追加で誰かが来る気配もないので、今度こそ魔法陣のもとへ戻る。
所長は魔法陣の近くで待機していた。
点検は既に終了したらしい。
現在の彼女は一人だ。
作業中に増やした分は取り込んだのだろう。
所長は数を自在に増減できる。
彼女は不死者の中でも、極めて例外的な存在である。
もはや何をしてもおかしくなかった。
所長の隣には、グウェンがいた。
彼女はなぜか服装が変わっている。
白と黒を基調とした使用人風の衣服だ。
グウェンはわざとらしい笑顔に作ると、手本のような礼をする。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「……いきなり何だ」
私は頭痛を覚える。
グウェンの謎の行動に困惑したせいだ。
一方でグウェンは、私の反応を見て残念そうにしていた。
口を尖らせた彼女は指を鳴らす。
すると衣服全体が影のように変質し、次の瞬間にはいつもの黒衣に戻った。
「いやはや、メイド趣味はありませんでしたか。これは失敬」
よく分からないが、深い意味はなかったらしい。
グウェンの言動はそういった場合がほとんどである。
基本的に真に受けてはいけない。
軽く流すのが正解だった。
不満そうなグウェンの横で、所長は私に報告する。
「あとは遺骨と魂を設置するだけです」
「私がやってもいいか」
「もちろんです! そのために残してありますから」
所長は、近くに置かれた結晶とガラス容器を指し示した。
それぞれ遺骨と魂が内側に入っている。
私は自身を魔術で浮遊させると、結晶とガラス容器も同じ要領で浮かべた。
そのまま魔法陣の上を滑るように移動していく。
(あそこか)
私は魔法陣の中央部に注目する。
形見の剣のそばに、二つの円を描く箇所があった。
術式の中でも重要な部分だ。
あの円の中に、遺骨と魂を配置するのである。
私は結晶とガラス容器を慎重に破壊し、残骸を消滅させた。
そして、解放された遺骨と魂を設置する。
歪みが無いことを念入りに確認すると、所長とグウェンのもとに戻った。
一連の工程を眺めていた所長は、嬉しそうに言う。
「これで術式は完成しました。いつでも起動させることができます」
「すまないな。助かった」
「いえいえ、こちらこそ感謝しておりますよ! 歴史に残る偉業に携われるのですからね! 向こう数百年は自慢できます」
鼻息の荒い所長は、目を輝かせて拳を握る。
あっさりと言っているが、彼女には数百年を生きる覚悟があるらしい。
不死者になった時点で覚悟すべき点だが、それにしても所長は自然と受け入れていた。
悲壮感といったものが少しもない。
その前向きな思考は、私も見習わなければならない。
「先に研究所でお待ちしております。魔王様にご相談したい案がいくつかあるのですよ!」
「そうか。楽しみにしておこう」
心躍らせる所長に私は応じる。
彼女は、私の生還を微塵も疑っていなかった。
所長とは仕事の話ばかりをしてきたが、なんだかんだで信頼されているようだ。
私は次にグウェンを見やる。
「色々と世話になった」
「お気になさらず。元を辿れば、こちらの自業自得ですからねぇ。弱肉強食の法則ですよ」
グウェンは涼しい笑みを以て言う。
どこか自嘲するような雰囲気があった。
過去の失敗を振り返っているのかもしれない。
私は気になっていたことを尋ねる。
「お前は宇宙に帰るのか?」
「冗談はよしてくださいよ。今更、戻るつもりはありません。この世界で暮らす方が、ずっと楽しそうですし。前に言ったじゃないですか、魔王軍に入りたいって。覚えてません?」
「あれは本気で言っていたのか」
「当たり前じゃないですか! マジのガチで就職希望です」
グウェンは力強く宣言すると、いきなり迫ってきた。
彼女にしては珍しく、ふざけた調子が感じられない。
数拍の沈黙を置いて、私は後ろへ退きながら答える。
「……前向きに考えておこう」
「うはぁ、そうやって言葉を濁してキープするんですねぇ。モテる男は違いますよ」
グウェンはここぞとばかりにため息を吐く。
心底からの呆れを表現していた。
肩をすくめる彼女だったが、すぐに復帰すると、愉快そうに私に告げる。
「せっかく居心地の良さそうな星を見つけたんです。壊されないように守ってくださいね?」




