第26話 賢者はエルフに決断を迫る
私の言葉にエルフ達は驚愕する。
立ち上がって激昂する者も散見された。
縋るような想いでここまで来たというのに、奴隷になれば助けると言われたのだ。
希望を打ち砕かれた気分だろう。
彼らが抱く怒りは当然である。
だが、この場においては余計な感情だ。
攻撃を仕掛けられた場合、私も反撃せざるを得ない。
ここでエルフ達を皆殺しにするのは惜しい。
後方で密かに詠唱を始めた者がいたので、沈黙の魔術で声を一時的に奪う。
弓を番えた者は魔術の鎖を飛ばして腕を拘束した。
いずれも命は奪っていないので問題なかろう。
騒然とするエルフを前に、私は粛々と語る。
「本来、私にはエルフ達を助ける義理もない。あの帝国を相手にするのだ。見返りは必要だろう」
「それが、我々エルフということですか……」
族長代理は苦しそうに言う。
簡単には呑めない要求を突き付けられて、少なくない迷いが生まれていた。
私は意気消沈するエルフ達に向けて話を続ける。
「別にエルフが帝国に蹂躙されようと構わない。魔王領にとってはどうでもいいことだ。この提案は、ほんの戯れに過ぎない」
非情かもしれないが、それが実際の状況だ。
帝国が世界樹の森とエルフを占有するのは、腹立たしいことではある。
ただ、仮に放置したところで、大きな問題になることではない。
今すぐに支障が出ることもなかった。
帝国が増長するようなら、後から叩き潰せばいいだけだ。
わざわざエルフを助ける立ち回りをする必要がない。
それが魔王という立場から出した結論だった。
「もし隷属するのならば、私は帝国軍を捻じ伏せる。幾万もの兵士を屍の山に変えてみせよう」
単純にエルフの一族を助けるのでは、私の世界悪の意義が揺らいでしまう。
亜人種に味方をする魔王として周知される。
ただ、隷属化したエルフ達に手を貸すのなら話は別だ。
彼らは私の所有物となる。
それを第三者が奪おうとすれば、何らかの処置を施すのは自然なことである。
亜人だから助けたのではない。
私の所有物だから助けたということになり、その構図なら問題あるまい。
さらにエルフ達を助けるということは、同時に世界樹の森を守ることにもなる。
聖なる力を帯びたあの地を、よりによって魔王が掌握するのだ。
人類はさらなる脅威を覚えるだろう。
今までの方針からも大きくずれない。
それに加えて、純粋に魔王軍の戦力強化にもなる。
エルフは精霊の力を操り、弓の名手でもあった。
彼らを傘下にできれば戦略の幅が広がるので都合が良い。
現在の魔王軍は、その大多数が意識のないアンデッドである。
全体の割合で見ると、ルシアナの連れてきた魔物の数は非常に小さい。
新たに生きた配下が欲しいと考えていたところだったので、機会としてはちょうどよかった。
エルフの一族ならば申し分ない。
元々、帝国については侵略する予定だった。
小国を魔王領にけしかけた主犯だからだ。
密偵がいくつかの証拠を掴んでおり、現在も滅びた小国の領土の一部を運用しているらしい。
陰ながら暗躍している上、どこまでも利己的だった。
これからの世界には不要な国である。
むしろ膿と評してもいい。
そういった事情もあり、いずれ帝国には大打撃を与えるつもりだった。
その時期が早まっただけと考えれば、エルフ達を守る動きも悪くない。
どちらの展開でも私に損はなかった。
「……隷属すれば、本当に一族は助かるのですか?」
族長代理が逡巡しながら尋ねてくる。
その内容から察するに、考えが徐々に傾きつつあるようだ。
他のエルフがざわめくも、異論を挟んだりはしない。
立場を弁えて静観に徹していた。
私は族長代理の質問に回答する。
「無論だ。そこは保証する。しかし、世界樹の森に暮らすエルフ達は、世界からどう見られるかを考えた方がいい」
「それは、どういうことでしょうか……」
「未来永劫、お前達は魔王の手に堕ちた種族として語り継がれるだろう。世界樹の森のエルフは、卑しき魔族と呼ばれるに違いない。命惜しさに外道を選んだ者という烙印を押され、それは決して拭い落せないものとなる。誇り高きエルフは、この屈辱に耐えられるのか?」
「…………」
族長代理は沈黙する。
答えるには相当の覚悟が要ることだ。
彼女の頭の中では、一族の誇りと命が天秤にかけられているのだろう。
どちらを選んでも失うものが大きい。
「エルフの力だけで、命を賭して帝国に挑むのか。魔王の隷属種という汚名を肯定して、確実な生存を選ぶのか。二つに一つだ。どちらも嫌だというのなら、私が直々にエルフを滅ぼしてもいい」
「す、少し時間をください! 森へ帰って協議をしなければ、一族の総意となりませんので……」
「駄目だ。私は待てない。今すぐにここで選択しろ。私はお前の答えをエルフの総意と見なす」
遮るように回答を促す。
酷な迫り方だが仕方あるまい。
協議などに時間を費やせるほどの猶予はなかった。
帝国軍は、今も世界樹の森に侵攻している。
「うぅ……くっ……」
族長代理は苦しげに呻く。
顔から汗が伝い落ちていた。
今の彼女は、誇張なしに一族の命運を背負っている。
与えられた責任は重く、軽々しく答えを出せるはずがない。
しかし、ここで魔王に意思を告げねばならなかった。
場に長い沈黙が流れる。
他のエルフ達は、固唾を呑んで見守っていた。
私もそれ以上は何も言わない。
ここから先は彼女が決めることだ。
そうして待つこと暫し。
族長代理はやっとのことで口を開く。
「――我々エルフの一族は、今代魔王に隷属します」
「それがお前……ひいてはエルフの答えだな」
「はい……」
族長代理は確かに頷いた。
帝国の蹂躙と魔王の支配のうち、彼女は後者を選んだのだ。
誇りよりも生き延びることを優先した。
それは苦渋の決断だったろう。
だが、間違いなく英断である。
恥じることはない。
私は胸中で彼女の選択を称賛した。
そうと決まれば話は早い。
現在も帝国軍は虎視眈々と森への侵攻を進めているはずだ。
こちらも迅速に動かねばならない。
何とも言えない雰囲気に浸るエルフ達に、私は事務的に告げる。
「お前達は私の所有物となった。これから帝国軍を殺すための段取りを決める」
まずは王都に戻り、グロムとルシアナに事の経緯を伝える。
それから世界樹の森へ派遣する軍を編成する。
最近はヘンリーが退屈そうにしているので、彼なら喜び勇んで参戦するだろう。
この時点で勝利は確定したようなものである。
私も向かうので万が一にも敗北はない。
改めて考えると、ここで帝国軍を蹂躙できるのは良い。
あの強国の軍を一方的に壊滅させたとなれば、各国の衝撃も著しいはずだ。
魔王領の国外進出を知らしめるには手頃な相手と言える。
これでエルフと帝国の両陣営から恨まれるだろうが、私はそれで構わない。
元より望んでいたことである。
すべての敵となることが、理想の魔王の姿だった。
きっと間違っていない。
転移魔術を発動した私は、エルフ達も連れて移動した。




