第259話 賢者は大精霊に託す
目の前の光景に、ルシアナは呆れたように苦笑した。
その視線は、大精霊とローガンを眺めている。
「また派手な登場ねぇ……目立ちたがりなのかしら」
「ははは、いいじゃねぇか。悪くない」
ヘンリーは愉快そうに笑っていた。
それどころか称賛する始末である。
(相変わらず唐突だな……)
よほど急いでいたのだろう。
念話経由で連絡があれば、私のもとへ転送することもできたのだが、飛来した勢いを見るにその考えに至らなかったようだ。
気の毒なのはローガンだ。
体勢から推測するに、彼は強引に連行されてきたらしい。
担がれたまま、ぐったりとしている。
精霊魔術で肉体を保護しているようで、それがなければもっと悲惨なことになっていたに違いない。
二人には隣り合う地域を担当してもらったが、その采配は間違いだったかもしれない。
ローガンに罪悪感を覚えていると、大精霊がこちらにやってきた。
「エルフの族長が、あなたの様子を確かめたいと主張するので連れてきました」
「待て、俺はそんなことを言って――」
「旧知の仲なのでしょう。言葉を交わすべきです」
大精霊は淡々と主張すると、ローガンを地面に下ろした。
私と対峙したローガンは険しい表情を浮かべている。
暫しの沈黙の末、彼は真剣な口調で呟く。
「死ぬな。また顔を見せろ」
「……約束する」
短い言葉の中に、気遣いや信頼が感じられる。
実にローガンらしい言葉であった。
付き合いもそれなりに長い。
彼の真摯な気持ちは、しっかりと伝わった。
一方、ルシアナが大精霊のそばに移動していた。
彼女達は小声をやり取りをしている。
「アナタも何か言っておいたら?」
「わたしは必要ありません」
「まったく、嘘が下手ねぇ……」
ルシアナが大げさにため息を洩らす。
彼女は私のところまで戻ってくると、手を添えて囁いてきた。
「ねぇ、魔王サマ」
「何だ」
「彼女にも気の利いたことを言ってあげて」
「ふむ……」
ルシアナの提案はなんとなく分かる。
この状況で大精霊にだけ何も言わないのは不自然だ。
大精霊は、遠い場所からわざわざ急いでやってきた。
少なからず私を心配しているということである。
こちらから何か伝えた方がいいだろう。
私は思考を巡らせる。
しかし、気の利いたことなどなかなか閃かない。
ルシアナはこういったことが得意だろう。
彼女に助言を乞おうとしたところ、尋ねる前に首を振られてしまった。
自分で考えなければいけないようだ。
私はやがて一案を思い付く。
それが正解かは分からないが、あまり待たせすぎるのも良くない。
私は大精霊の前に立って彼女を見る。
「何でしょうか」
「これを預かってほしい」
私はそう言って肋骨の一本を折った。
それを魔術で分解し、別の形へと組み換える。
手の中で構築されたのは、漆黒の短剣であった。
柄と刃の間には、小さな宝石がはめ込まれている。
私の魔力が固形化したものだ。
陽光を受けて、深緑色の鮮やかな輝きを見せていた。
(即席にしては上手くできたな)
私にとっては、大した価値もない短剣である。
肋骨も既に瘴気で補修しており、返してもらう必要もない。
しかし、約束の印としては、ちょうどいい出来映えであろう。
恰好は付いているのではないかと思う。
私は短剣を大精霊に手渡す。
大精霊はそれをじっと見つめ、大切そうに胸に抱いた。
顔を上げた彼女は私に宣告する。
「期限は二日です。超過した場合、所有権を破棄したと見なします」
「了解した。遅れないように気を付けよう」
大精霊の機嫌は、相変わらず不明瞭だ。
ただ、気を悪くした感じはなかった。
私は振り返ってルシアナに視線で問いかける。
彼女は親指を立てていた。
ひとまず及第点に達する行動だったようだ。
短剣を携えた大精霊は、再びローガンを抱え上げる。
持ち場へ戻るつもりなのだろう。
ローガンは無抵抗だ。
逆らえないと分かっているに違いない。
ただし、嘲笑するルシアナに対しては、殺気を帯びた視線を送っていた。
ルシアナはわざとらしく怖がっている。
両者のやり取りを眺めるヘンリーは、楽しそうにしていた。
(緊張感が薄れてしまうな……)
私は少し脱力する。
彼らくらいの心持ちの方がいいのだろうか。
生前から、何事も気負いすぎだと言われてきた。
どういった心境であれ、やるべきことは変わらないのだ。
配下達を見習うべきかもしれない。
大精霊は陥没した地面に中央へと戻った。
そこで膝を曲げて溜めを作る。
「あなたもまた一つの正義です。ゆめゆめ忘れないように」
最後にそう告げた大精霊は、爆発的な跳躍を見せた。
一瞬で上空に達すると、彼方へと飛び去ってしまった。
(また一つの正義、か)
一連の大精霊の行動は、防御機構の役割からは逸脱していた。
本来、ここまでのことをする必要性がない。
彼女は、個人として私を応援している。
どれだけ感謝しても足りないことだ。
いずれ恩返しをしなければならないだろう。




