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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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第259話 賢者は大精霊に託す

 目の前の光景に、ルシアナは呆れたように苦笑した。

 その視線は、大精霊とローガンを眺めている。


「また派手な登場ねぇ……目立ちたがりなのかしら」


「ははは、いいじゃねぇか。悪くない」


 ヘンリーは愉快そうに笑っていた。

 それどころか称賛する始末である。


(相変わらず唐突だな……)


 よほど急いでいたのだろう。

 念話経由で連絡があれば、私のもとへ転送することもできたのだが、飛来した勢いを見るにその考えに至らなかったようだ。


 気の毒なのはローガンだ。

 体勢から推測するに、彼は強引に連行されてきたらしい。

 担がれたまま、ぐったりとしている。

 精霊魔術で肉体を保護しているようで、それがなければもっと悲惨なことになっていたに違いない。


 二人には隣り合う地域を担当してもらったが、その采配は間違いだったかもしれない。

 ローガンに罪悪感を覚えていると、大精霊がこちらにやってきた。


「エルフの族長が、あなたの様子を確かめたいと主張するので連れてきました」


「待て、俺はそんなことを言って――」


「旧知の仲なのでしょう。言葉を交わすべきです」


 大精霊は淡々と主張すると、ローガンを地面に下ろした。

 私と対峙したローガンは険しい表情を浮かべている。

 暫しの沈黙の末、彼は真剣な口調で呟く。


「死ぬな。また顔を見せろ」


「……約束する」


 短い言葉の中に、気遣いや信頼が感じられる。

 実にローガンらしい言葉であった。

 付き合いもそれなりに長い。

 彼の真摯な気持ちは、しっかりと伝わった。


 一方、ルシアナが大精霊のそばに移動していた。

 彼女達は小声をやり取りをしている。


「アナタも何か言っておいたら?」


「わたしは必要ありません」


「まったく、嘘が下手ねぇ……」


 ルシアナが大げさにため息を洩らす。

 彼女は私のところまで戻ってくると、手を添えて囁いてきた。


「ねぇ、魔王サマ」


「何だ」


「彼女にも気の利いたことを言ってあげて」


「ふむ……」


 ルシアナの提案はなんとなく分かる。

 この状況で大精霊にだけ何も言わないのは不自然だ。

 大精霊は、遠い場所からわざわざ急いでやってきた。

 少なからず私を心配しているということである。

 こちらから何か伝えた方がいいだろう。


 私は思考を巡らせる。

 しかし、気の利いたことなどなかなか閃かない。

 ルシアナはこういったことが得意だろう。

 彼女に助言を乞おうとしたところ、尋ねる前に首を振られてしまった。

 自分で考えなければいけないようだ。


 私はやがて一案を思い付く。

 それが正解かは分からないが、あまり待たせすぎるのも良くない。

 私は大精霊の前に立って彼女を見る。


「何でしょうか」


「これを預かってほしい」


 私はそう言って肋骨の一本を折った。

 それを魔術で分解し、別の形へと組み換える。


 手の中で構築されたのは、漆黒の短剣であった。

 柄と刃の間には、小さな宝石がはめ込まれている。

 私の魔力が固形化したものだ。

 陽光を受けて、深緑色の鮮やかな輝きを見せていた。


(即席にしては上手くできたな)


 私にとっては、大した価値もない短剣である。

 肋骨も既に瘴気で補修しており、返してもらう必要もない。

 しかし、約束の印としては、ちょうどいい出来映えであろう。

 恰好は付いているのではないかと思う。


 私は短剣を大精霊に手渡す。

 大精霊はそれをじっと見つめ、大切そうに胸に抱いた。

 顔を上げた彼女は私に宣告する。


「期限は二日です。超過した場合、所有権を破棄したと見なします」


「了解した。遅れないように気を付けよう」


 大精霊の機嫌は、相変わらず不明瞭だ。

 ただ、気を悪くした感じはなかった。


 私は振り返ってルシアナに視線で問いかける。

 彼女は親指を立てていた。

 ひとまず及第点に達する行動だったようだ。


 短剣を携えた大精霊は、再びローガンを抱え上げる。

 持ち場へ戻るつもりなのだろう。


 ローガンは無抵抗だ。

 逆らえないと分かっているに違いない。

 ただし、嘲笑するルシアナに対しては、殺気を帯びた視線を送っていた。


 ルシアナはわざとらしく怖がっている。

 両者のやり取りを眺めるヘンリーは、楽しそうにしていた。


(緊張感が薄れてしまうな……)


 私は少し脱力する。

 彼らくらいの心持ちの方がいいのだろうか。

 生前から、何事も気負いすぎだと言われてきた。

 どういった心境であれ、やるべきことは変わらないのだ。

 配下達を見習うべきかもしれない。


 大精霊は陥没した地面に中央へと戻った。

 そこで膝を曲げて溜めを作る。


「あなたもまた一つの正義です。ゆめゆめ忘れないように」


 最後にそう告げた大精霊は、爆発的な跳躍を見せた。

 一瞬で上空に達すると、彼方へと飛び去ってしまった。


(また一つの正義、か)


 一連の大精霊の行動は、防御機構の役割からは逸脱していた。

 本来、ここまでのことをする必要性がない。

 彼女は、個人として私を応援している。

 どれだけ感謝しても足りないことだ。

 いずれ恩返しをしなければならないだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 気持ちよく終わりそうな晴れ晴れとした気持ちと、各キャラクターの思い出、もう少し見たいという思いが葛藤しています。 更新ペース含め紛れもない傑作です!これからも応援しています!
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