第258話 賢者は声援を噛み締める
ヘンリーは片手に酒瓶を持っていた。
ただし、中身は空だ。
酔っている風でもないので、飲み干したまま空瓶を携帯しているのだろう。
さすがのヘンリーも、この状況での飲酒は自重しているらしい。
「やあ、大将。挨拶に来たぜ」
「わざわざすまない」
二人には、グロムと同様の仕事を任せている。
私のことを気にかけて、僅かな休憩時間を割いて来たようだ。
「気にしないで。アタシ達の仲でしょ?」
「……そうだな」
ルシアナは気楽な調子を装っていた。
グウェンほど能天気ではなく、ほどほどに緊張感を保っている。
私はヘンリーに質問をする。
「各地の魔王軍は戦えているか?」
「ああ、問題ないぜ。俺がしっかりと鍛え上げたんだ。手足がぶっ飛ばされようとも生き延びるさ」
ヘンリーは自信満々に断言した。
彼がそう述べるのだから、きっと大丈夫だろう。
魔王軍は最大最強の戦力である。
私が苦悩する間も、絶えず鍛練を積み重ねてきた。
心配するほど弱い存在ではないのだ。
「密偵も満遍なく配置しているから、連絡網に不備はないわ。安心して任せてね」
「助かる」
ルシアナも、密偵の長として行動しているようだった。
二人が上に立っているおかげで、私は憂いなくあの人と再会できる。
本当に感謝しなければならない。
そういったことを考えていると、ルシアナが少し意地の悪い顔で尋ねてくる。
「ねぇ、骨大臣に何を言ったの? すごく張り切っていたみたいだけど」
「当然のことを伝えただけだ」
告げたのはただの本音に過ぎない。
グロムの心配を払拭できたわけではないだろう。
しかし、ありのままの気持ちは伝わった。
心情の整理に貢献できたのだと思う。
その辺りを察したのか、ルシアナは納得した様子で頷く。
「男同士の友情……どちらかと言うと、主従の信頼ってやつかしら。まあ、良かったわ。アイツが落ち込んでいると、こっちも迷惑がかかるから」
そこでルシアナは思い出したように手を打った。
彼女は結晶に封じられた遺骨を指差す。
「生き返ったあの子と仲良くなれたら紹介してよね。友達になりたいわ」
「とびきりの酒を用意しておくよ。帰ったら一緒に飲もうぜ」
「ああ、分かった」
二人の頼もしさを実感していると、彼方から高出力の反応が接近してきた。
凄まじい速度で飛来したそれは、少し離れた地点に落下する。
地面が爆発して、土煙が舞い上がった。
私は土煙の中に立つ人影を注視する。
突如として吹き抜けた風が、土煙を攫っていった。
人影の正体が露わとなる。
陥没した地面の中心に立つのは大精霊だ。
凛とした雰囲気の彼女は、なぜか肩にローガンを担いでいた。




