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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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第256話 賢者は忠臣の心を察する

 私は無数の所長に混ざって作業を行う。

 具体的には魔法陣の微修正だ。

 術の発動に合わせて、魔力が滞りなく循環するようにしなければならない。


 魔術行使においては基本中の基本だが、最も大切な行程でもあった。

 これを怠ると、魔術に不具合が生じる。


 簡単な魔術ならば、そこまで問題ではない。

 精々、魔力の消費量が増える程度である。

 失敗したところで大した被害にはならないだろう。


 ただし、死者の蘇生ともなれば話は別だ。

 魔術の中でも最上位の難度であり、それに比例して危険度も高い。

 死者の谷で膨大な力を手に入れた私が、数年に渡って成し遂げられなかった行為だ。

 こうして最終段階に入れたのも、複数の例外的な存在のおかげである。


 私だけの力では到達できなかった領域だ。

 これほど難解な術はない断言できるほどであり、信じられないほどの精密さが要求される。

 故に僅かな不具合が、致命的な現象を引き起こす可能性があった。


「…………」


 そういった事情もあり、所長は極限の集中力を発揮していた。

 私の声が届かないほどに没頭している。

 たまに分裂しては、手分けして魔法陣の調整に従事していた。


 全神経を注ぐ所長の顔は、真剣そのものであった。

 これほど真面目な姿は見たことがない。

 普段の奇人と評すべき雰囲気は微塵も感じられなかった。

 彼女の真剣さに負けないように、私も目の前の作業に意識を向ける。


 一連の確認がひとまず終わったところで、所長は顔を上げた。

 大きく息を吐いた彼女は、晴れ晴れとした様子で私に話しかけてくる。


「後はこちらで微調整を行います。もう大丈夫なので、魔王様はお休みください」


「いいのか?」


「もちろんですとも。こんなにたくさんいますからね!」


 その言葉に、周囲の所長が同時に反応した。

 彼女達は頼もしい表情で頷いてみせる。

 強がっているわけではなく、本当に問題ないようだ。


「すまないな」


「いえいえ! 準備ができたらお呼びします!」


 真摯な所長の言葉に甘えて、私はその場から立ち去る。

 これ以上の長居は迷惑になりかねない。


 魔法陣から離れた私は、特にすることがないので感知魔術を発動する。

 すると、ちょうど付近に気配が出現したところだった。

 魔力の揺らぎと共に登場した点から、転移魔術で訪れたことが分かる。


 私はその方角を向く。

 ひっそりと佇むのはグロムだった。

 彼はぎこちない動きで前進する。

 私に前まで来ると、いつものように一礼してみせた。


「ま、魔王様。ご機嫌いかがでしょう、かな?」


 挨拶は少し不自然だった。

 声がうわずっている。

 どういう原理なのか、汗も掻いていた。


 見るからにグロムは緊張している。

 まるで重大な任務を預かったような様子だが、そのようなことはない。

 私はその様子が気になって尋ねる。


「大丈夫か?」


「え、ええ! わたくしは万全の体調ですぞっ! いつでも魔王様のお役に立てまする!」


 グロムは張り切って応じる。

 やはり無理に気分を上げているようだった。

 私は原因を考えて、すぐに思い至る。


 グロムがこれほどまでに狼狽えるなど珍しい。

 おそらく自らの死が目前に迫ったとしても、ここまで動揺はしないだろう。

 それならば、原因は一つである。


 魔王軍最大の忠臣グロムは、主君である私の死を恐れているのだった。

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