第253話 賢者は勇者の蘇生を目論む
会議の翌日、私は王都地下の研究所へと赴く。
あの人の蘇生に関して、所長と打ち合わせするためだ。
正面入り口から向かうと、すぐに所長が出迎えに現れた。
「これはこれは魔王様! 遠路はるばるお越しくださりありがとうございます!」
所長は慇懃な調子で挨拶をする。
相変わらず大げさだった。
遠路と言っても、城から少しの距離である。
たとえ本当に遠かったとしても、私には転移があるので大した労力にはならなかった。
私は挨拶もそこそこに所内へと向かう。
移動の途中、私は所長の不審な様子に気付いた。
彼女は先ほどから落ち着きがない。
しきりに何かを確かめようとしている。
「どうした」
「グウェンさんも同行すると聞いていたのですが……」
それを聞いた私は納得する。
所長はグウェンと会いたかったらしい。
この一年間、専属の監視役を任せていたが、グウェンのことを気に入っているようだ。
私はここへ訪れる前のやり取りを所長に伝える。
「説得したが断られた。研究所が苦手らしい」
「あらら、それは仕方ないですねぇ。残念ですが無理強いはできません」
厳密には研究所というより所長が苦手なのだろうが、そこは明言しない。
とは言え、あの人の蘇生にはグウェンの助けが必須だ。
当日までに所長との親交を深めてほしい。
私では上手く仲介できる自信がないので、ルシアナ辺りに頼むべきだろうか。
頭の中で用事を追加しつつも、私は話題を変える。
「ところで例の物はどうだ?」
「特に異常はありませんね。びっくりするほど安定しています」
「そうか」
所長には、事前に念話で用件を伝えていた。
会議で決まった方針や計画も説明している。
彼女は特に異論等はない様子だった。
自由に研究さえできればそれで満足らしい。
とにかく一貫した態度であった。
「いやはや、死者の蘇生に携われるなんて光栄です! 興奮しちゃいますね!」
「……それは良かった」
嬉々としてはしゃぐ所長に、私は一抹の不安を覚える。
ある意味、私よりあの人の蘇りを待望しているのではないだろうか。
そう思ってしまうほどの盛り上がりである。
所内を歩いていると、同時存在する別の所長を見かけた。
全員が例外なく舞い上がっている。
他の研究が上手くいっているのかもしれないが、おそらくはあの人の蘇生を実行すると聞いて喜んでいる。
ふと気になった私は所長に尋ねる。
「禁忌を犯すことに恐怖や躊躇いはないのか?」
「全くない、と言えば嘘になりますね。ただ、私の場合は知的好奇心や探究心が勝ります。その結果、世界がどうなっても構わないという想いが根底にあるのです」
「研究者の鑑だな」
「もったいないお言葉です」
やがて私達は目的の部屋に到着した。
いくつもの結界や施錠を解いて進む。
扉が開いた段階で、私は念のために確認する。
「自我は発生していないな?」
「はい、常に確認していますが自我は見られません。何者の干渉もありませんね」
所長は予想通りの答えを述べた。
ここの防犯設備は完璧だ。
所長自身が所内の様子を常に網羅している。
どのような存在だろうと侵入は困難だった。
グウェンほどの曲者でさえ、気付かれずに悪事を働くことはできなかった。
加えて無数の所長が案を出して毎日ように改善を繰り返しており、間違いなく世界一の要塞と化している。
現状、注意すべき危険人物もおらず、問題はまず起きないだろう。
私は部屋の中央に視線を向ける。
そこにはガラス容器が設置されていた。
内部には、白い靄のような塊が浮かんでいる。
それは、先代魔王軍の四天王バルクの魂であった。




