第251話 賢者は本音と覚悟を述べる
大精霊の挙げた疑問は、場を明確に変容させた。
再び張り詰めた空気が訪れる。
迂闊なことは言えない雰囲気であった。
大精霊はじっと私を凝視している。
彼女は真剣そのものだった。
防御機構として、私のことを見定めるつもりなのだろう。
誰も迂闊に発言できない雰囲気の中、グウェンは面白そうに笑みを深めている。
あろうことか、彼女はわざとらしく驚いてみせた。
「おっと、大精霊さん。あなたはこの案に反対でしたか」
「反対はしていません。その前に確認したことがあるだけです」
首を振った大精霊は椅子から立ち上がる。
静かな佇まいだった。
感情の揺れは見受けられない。
ただ、全身から発せられる圧は本物である。
「あなた達の計画は理解できました。実現も十分に可能でしょう。しかし、先代勇者に多大なる力を与えることになります。魔王を凌駕する力で、何かを為すかもしれません」
その指摘は的確だ。
グウェンの考案した計画には穴がある。
現在の問題を解決する過程で、先代勇者に力を集めることになる点だ。
確かにこの計画によって事態は収拾する。
ただし、今度はあの人の存在が無視できないものとなる。
途方もない力が彼女に宿るためだ。
それは使い方一つで世界の命運が左右するような規模だった。
本来は個人に委ねてはいけない力である。
グウェンの説明は利点ばかりに触れて、肝心の危険性を意図的にはぐらかしていた。
彼女らしいやり口である。
それについては誰もが気付いていた。
故に大精霊が代表して尋ねた形だった。
「勇者が暴走するリスクと、万が一の際に彼女を処分する覚悟の有無。気になっているのはこの二点ですかね」
「はい、その通りです」
大精霊は肯定する。
対するグウェンは目を細めた。
動じた様子がない。
こういった質問が来るのは想定済みだったらしい。
調子を崩さないグウェンは、指差し指で私の頬を突いた。
「さあさあ、ハーヴェルトさん。ガツンと言っちゃってくださいな」
親しげに接してくるグウェンは、意味深な笑みを湛えていた。
ただ面白がっているだけに見えるが、きっとそうではない。
彼女は私のことを試している。
他の者達と同様に、私の本音を求めているのだ。
(……話すしかないな)
決心した私は立ち上がる。
これは避けては通れないやり取りである。
決して誤魔化すことはできない。
場の者達が一斉にこちらを見た。
反応は様々だが、共通して私の話を聞き逃さないように集中している。
痛いほどの沈黙が室内を支配していた。
視線を浴びる中、私は思案する。
頭の中で内容をまとめてから、そっと本音を吐露した。
「魔王として、勇者に殺されるのは本望だ。私自身、あの人の手で終焉を迎えられるのならば文句はない」
私の切り出しを受けて、室内に静かなざわめきが走る。
おそらく誰もが想像していなかったのだろう。
グロムに至っては、椅子から崩れ落ちていた。
「魔王様――」
「しかし、生憎とそれが許される立場でもない。私は必要な悪として世界を背負っている」
私は遮るように本音を重ねる。
すぐにざわめきは治まった。
これについては、皆が予想していたらしい。
安堵したグロムも椅子に座り直す。
私は円卓に両手を置いて皆を見た。
そのまま大精霊に対する答えを述べようとして、中断する。
意図的に止めたのではない。
その先の発言を躊躇してしまったのだ。
(情けないな……)
内心で自嘲しつつも、私は気を強く保つ。
言葉にするには覚悟が必要だが、もう後には下がれない。
諦めてしまえば、配下達からの信頼を失うことになる。
魔王の在り方も揺らぐだろう。
これは私自身への宣言だった。
宣言することに意味がある。
幾重もの葛藤を経て、私はついに覚悟を決める。
そして、配下達に向けて表明した。
「もしあの人が私を否定するならば、全力で抗ってみせよう。勇者を超えるのが魔王の責務だ」




