第249話 賢者は獣の理智に感心する
「虚像の救世主を食い止めるには、強い英雄が必要です。ここまではご理解してもらえましたかね?」
少し真面目な口調になったグウェンが問いかける。
それに反応したのはドルダだった。
彼は狼頭から唸り声を発しながら頷く。
「理解デキタ……分カリヤスイ、説明ダッタ」
「意外な方からレスポンスをいただいちゃいましたねぇ。ありがとうございます」
グウェンは嬉しそうに頭を下げる。
円卓に腰かけた彼女は、人差し指を立てた。
「ただし、ここで一つ問題が発生します。何だと思います?」
「虚像の救世主が消滅させるに足る英雄がいない。そういうことじゃな」
「さすが先代魔王ですねぇ。ご名答です」
ディエラの言葉を受けて、グウェンは指を鳴らして笑う。
彼女は両手を広げながら語る。
「全世界の希望を背負うのですから、並大抵の英雄では力不足です。必然的に虚像の救世主の超える器が求められますね」
次にグウェンはヘンリーを指差した。
そして淡々と告げる。
「ブラーキンさん、あなたほどの英雄でもまだ足りません」
「そいつは残念だな」
ヘンリーは軽く肩をすくめた。
あまり興味がなさそうだ。
彼は英雄になりたいわけではないのだろう。
(しかし、ヘンリーでも不足とはな……)
私はその意味を考えて、改めて驚嘆する。
ヘンリーは世界でも有数の実力者だ。
魔王討伐の候補に入るほどの人物であった。
戦力の増大する現魔王軍の中においても、ただの人間でありながら最強格に君臨している。
つい先日、ヘンリーは虚像の救世主を撃退してみせた。
事前にグウェンから聞いたのだが、それは他国の軍を劣勢に追いやったことだけが要因ではないらしい。
彼の場合、英雄の強い輝きが関係しているのだという。
端的に述べるなら、戦場におけるヘンリーの影響力を指す。
それが高まるほどに、虚像の救世主は力を失う。
虚像の救世主が象徴するのは、英雄の不在である。
それをヘンリーが自らの活躍を以て否定するのだ。
先日の戦場では、偶発的にそれらの要因が重なることで撃退に成功していた。
ところが、それほどまでの適性を持つヘンリーでも条件を満たせないらしい。
要求される理想があまりにも高すぎる。
「ここまで話せば、もうお分かりですね。虚像の救世主を超える英雄は、一人しかいません。言わずもがな、先代勇者です!」
グウェンは嬉しそうに発表した。
円卓の上に寝転んだ彼女は、自由気ままに話を続ける。
「彼女には英雄として世界最高の実績があります。ねぇ、ディエラさん?」
「うむうむ。吾を倒すなどこの上ない偉業じゃろうな」
ディエラは満更でもなさそうに頷いてみせる。
顰め面になって堪えているが、笑みが洩れそうになっていた。
その反応を流しつつ、グウェンは私の肩を叩く。
「魔王討伐なら我らがハーヴェルトさんも達成していますが、現役魔王ですからね。人類の宿敵と世界の希望を兼任なんてしたら、何が起こるか分かりませんよ。ぶっちゃけ、手に負える気がしません」
それは私も思っていた。
私も魔王殺しの賢者であり、英雄になれるだけの資格は持ち合わせている。
しかし、私が英雄を騙るのはやめた方がいい。
さすがに無理がある上、予期せぬ現象が発生する恐れがあった。
いずれ破綻する予感がする。
世界の意思による力は順当に回すべきだろう。
魔王が保有するようなことはなるべく避けたい。
「…………」
私はふと大精霊に注目する。
彼女は先ほどから黙っていた。
静かにグウェンの話を聞いている。
その性格上、異論があれば即座に発言するだろう。
何も言わないということは、グウェンの見解を認めているらしい。
「これは断言しますが、先代勇者の他に適役はいませんよ。蘇らせた彼女に人々の願いを集中させて、役目のない虚像の救世主を消滅させる――流れは理解できましたかね?」
そこまで言い終えたグウェンは笑みを深めた。
軽い口調だが、その双眸には狡猾な本性が見え隠れしている。
場の中で誰よりも非力にも関わらず、グウェンは堂々としていた。
むしろ楽しんでいる節さえ見える。
幹部達もすっかり話に聞き入っており、不真面目な態度の者はもういない。
外世界の獣は、優れた話術で場を掌握していた。




