第247話 賢者は専門家を招く
その瞬間、場の空気が明らかに変容した。
気軽に発言できない緊迫感が漂っている。
不真面目な態度の者達も動きを止めていた。
そのような中、最初に口を開いたのはローガンだ。
彼は険しい顔付きで呟く。
「先代勇者とは、まさか……」
「クレア・バトン。かつて先代魔王を倒した英雄だ」
私は断言する。
最も新しい勇者は、魔王になった私が殺した青年だ。
聖剣の力に目覚めた勇者である。
故に先代とは、あの人を指す言葉だった。
「懐かしい名じゃの」
ぽつりと洩らしたディエラは天井を仰ぐ。
私の位置からだと、彼女の表情が見えない。
果たして先代魔王は何を考えているのか。
詮索するのも無粋なので話を続ける。
「私は、あの人を蘇らせたいと考えている。魔王になった時から、ずっと思い描いてきたことだ」
この願望を叶えるべきか、何度となく迷った。
魔王の立場を考えると、実現してはいけないだろう。
しかし、その逡巡は既に断ち切った。
私は確固たる意志を持っている。
それを裏付けする事情もある。
躊躇う理由など存在しなかった。
視界の端で、ルシアナが頬杖をついた。
彼女は目を細めて私に問いかける。
「一気に三つの目的を解決なんて、随分と欲張りさんねぇ……実現できそうなの?」
「大まかな手段は決まっている。上手く噛み合えば、怠りなく成功するだろう」
検証と考察は既に進めている。
いくつかの段階に区切って実験と準備も必要だが、すべての工程を踏んでもそう長くはかからないだろう。
その時、グロムが挙手をした。
「魔王様。質問をしたいのですが、よろしいですかな」
「ああ、構わない」
「なぜ三つの目的を同時に達成しようとされるのですか? 危険性や状況を考えると、別々に計画すべきではないかと愚行致しますが……」
グロムの質問は、この場の大半が抱いているものだろう。
説明がなければ不可解なはずだ。
特にあの人の蘇生は、他の二つと関連性が皆無である。
世界情勢を鑑みれば後回しにしてもいい。
少なくとも、早急に解決しなければならない案件ではなかった。
ただし、実際は深い関連性があった。
それを周知させるため、私はグロムに回答を返す。
「三つ同時にこなすことには、合理的な理由がある。三つを関連付けることでそれぞれの成功率が上がるのだ。詳しい内容を説明しよう」
特に意見する者はいない。
誰もが話を聞く姿勢に入っていた。
私は予め考えておいた内容を話し始める。
「まずは虚像の救世主についてだ。数度の調査を経て、私はその特性に気付いた」
「特性だって?」
グラスを空にしたヘンリーが疑問符を浮かべる。
私は彼の反応に頷いた。
「虚像の救世主は、人類に逆転をもたらす存在ではない。あくまでも魔王軍を破壊する現象だ」
頻度や発生場所は不規則に思えたが、無数の出没情報を並べるうちにある程度の共通点を見つけた。
虚像の救世主が魔王軍の敵であることに違いはない。
ただし、率先して人類を助けているわけでもなかった。
あれは唐突に出現して、こちらに損害を与えて去る。
それ以外の現象は見せず、時間と場所だけを変えて繰り返していた。
この点に着目した私は、虚像の救世主の戦闘情報を精査した。
結果、奇妙な条件に気付いた。
魔王軍と他国の軍が戦う最中、虚像の救世主が介入したことが何度かあった。
しかしそれは、いずれも戦況が拮抗に近い状態の時のみに限られていた。
つまり一方が優勢の時には現れず、人類を逆転に導くことはないということだ。
どちらが勝つか分からない状況のみ介入できるらしい。
これこそ、ヘンリーが虚像の救世主を撃退できた要因の一つだった。
彼が迅速に他国の軍隊を敗走させたことで、出現条件を満たせなくなったのである。
「虚像の救世主の原動力は、人々の希望や願いだ。その場の人間が希望を失えば、存在を維持できなくなる」
戦場における敗北とは、死に直結する。
魔王軍との戦闘に限って言うなら、醜いアンデッドになる可能性もあった。
恐怖する人々は、希望を抱く余裕などない。
相対的に虚像の救世主が力を発揮できなくなる。
便宜上、救世主などと呼称しているが、実際は虐殺に特化した現象である。
死にたくない人間を助けようとはしない。
発生することで、結果的に救うことがある程度だ。
そういった部分は、防御機構に似ているかもしれない。
ここでユゥラが挙手をした。
場の視線が私から彼女へと移る。
ユゥラはそれにも臆さず喋り出した。
「マスターに質問――特性と撃退方法は理解できましたが、それでは完全消滅に至りません。一体どうするのですか?」
「それについても今から説明する。入ってくれ」
私は合図を送る。
部屋の扉の向こうで物音がした。
数度のノックがされて、扉がゆっくりと開かれる。
軽やかに入室した人物は、大げさな動作と共に挨拶をした。
「はーい、どうもこんにちはー! 皆のアイドル、グウェンさんです!」




