第245話 賢者は打開策を定める
(随分と出鱈目だが……真実なのだろう)
私はヘンリーを一瞥する。
彼は焼いた肉を呑気に齧っていた。
そして美味そうに酒を飲んで洗い流す。
会話の最中も手を止める様子がない。
私が相手でなければ、鉄板の肉を補充しに行くのではないだろうか。
ヘンリーの話す内容は漠然としていたが、おおよそ理解できた。
やはり彼は規格外である。
私でも察知できない虚像の救世主を本能的に発見し、撃退までしてみせたのだ。
ヘンリーは魔術的な才覚を持たない。
察知できたのは、持ち前の直感によるものだろう。
本来は認識不可能な存在を相手に奮闘し、魔王軍の犠牲を抑えたのだから、その活躍は絶賛する他あるまい。
そのような偉業を成し遂げた一方、当の本人は悔しがる。
「それにしても、例の襲撃者を逃がしちまったのが心残りだなぁ。大将の魔術があれば、仕留められたのかね」
「私の力があっても難しかったろう。気にすることはない」
これは慰めではない。
純然たる事実だ。
いくら私の力が強かろうと、虚像の救世主には通用しない。
ヘンリーのように撃退できたかも怪しかった。
彼には大精霊との会話で判明したことを伝えておきたいが、ここは場所が悪い。
第三者による盗聴の危険性も考えると、屋外で話すべきではないだろう。
私は小声でヘンリーに告げる。
「此度の真相だが、詳しいことは後ほど話す」
「……ああ、楽しみにしているぜ」
こちらの内心を察したヘンリーは笑みを深める。
自由な言動が目立つが、彼はなんだかんだで空気が読める男だ。
そうでなければ、大軍を率いる戦士にはなり得ない。
普段はあえて空気を読んでいない節があるものの、戦場という一面に限れば、全体の流れを掴んで操ることに長けている。
「このまま魔王軍を拠点に帰還させてくれ。急がなくていい」
「了解。終わり次第、連絡させてもらうよ」
「分かった」
指示を終えた私は転移で謁見の間に戻る。
新たに積まれた書類を確認しつつ、すぐにルシアナとの念話を繋げた。
「少しいいか」
『はーい、何かしら?』
「今夜、会議を行いたい。時間はあるか」
私が尋ねると、向こうで考え込む声がした。
脳内で予定の調整をしているのだろう。
ほどなくしてルシアナは答える。
『大丈夫よ。頑張って空きを作るわ』
「ああ、頼んだ」
そこで私は念話を終了する。
具体的な用件も聞かずにルシアナは会議の参加を承諾した。
私の口ぶりから事の重大性を理解したのだろう。
余計な手間が省けてありがたい。
(後で他の幹部にも連絡を取らねばならないな)
皆で集まって話し合いと報告をする。
魔王軍――否、世界の行方を左右する重大な決定だ。
私の一存では決められない。
此度の調査では、大きな収穫があった。
虚像の救世主の特性を朧げながらも理解した。
今まで何の発見もなかったが、ようやく輪郭が掴めたのである。
ひとえにヘンリーの活躍のおかげだった。
想定していた解決策も、おそらく有効かと思われる。
ただ解決するのではない。
目下の悩みを一気に解消できそうだ。
あとは然るべき準備を進めて実行するのみである。
まだ不確定要素は残っているも、それに臆して二の足を踏むつもりはなかった。
覚悟を決めて臨もうと思う。




