第244話 賢者は弓兵の偉業を聞く
その日の夜、私はとある戦場へと赴いた。
魔王軍と他国の戦闘中、虚像の救世主らしき破壊現象が発生したというのだ。
なんとか撃退に成功らしいので、事情を聞いてみることにしたのだった。
転移先は一面が荒野だった。
周辺をアンデッドが徘徊している。
鎧を着たグールが大半だ。
まだ新しい死体ばかりで、地面のあちこちに濃密な血痕を垂らしている。
(ここで戦闘が行われたのか)
徘徊するアンデッドは、戦死した兵士だろう。
アンデッド達は私を一瞥するも、気にかける様子もなく素通りする。
攻撃してこないのは、味方の死霊術師が使役するアンデッドだからであった。
魔王軍には、死霊魔術の使い手がいる。
一般的に忌避される部類の術だが、戦場における有効性は非常に高い。
このように索敵行為にも応用が可能だった。
私は上位能力である死者の権能を保有しているため、魔術として使う機会はほとんどない。
それでも便利なのは間違いなかった。
アンデッドの索敵網を抜けると、前方に廃村らしき場所を発見した。
魔術の光を並べて野営を行っている者達がいる。
現地に派遣していた魔王軍だ。
拠点から離れて戦争を繰り広げた彼らは、鉄板で肉を焼いて食事をしていた。
大いに盛り上がっているようで、絶えず笑い声や歓声が聞こえてくる。
(逞しいものだ)
彼らのそばには、死体が山積みとなっていた。
いずれも敵兵のものだ。
死霊術師が、アンデッドにできなかった余剰分だろう。
使い手の技量によって、同時に使役可能なアンデッドの数が増減する。
ここの部隊には数人の術者がいるようだが、すべての死体を操ることはできないらしい。
もっとも、周囲のアンデッドだけでも相当な数だ。
術者の技量はいずれも高いものと思われる。
(死霊術師と言えば、妙な噂があったな……)
未確認情報だが、グロムやユゥラが配下の魔術師を招集し、死霊魔術の地位向上を目指しているらしい。
私に関する誇張した逸話を披露し、死霊魔術の有用性を説いているというのだ。
さらには未収得の者に、死霊魔術の特訓を施しているという。
以前、二人に話題を振ったことがあるが、その時は誤魔化されてしまった。
かなり挙動不審だったので、信憑性は高い。
私と縁深い死霊魔術を広めることで、魔王の威光を知らしめたいのだろう。
あの二人ならやりかねないことである。
今は色々と立て込んでいるので難しいが、状況が落ち着いたらルシアナに内部調査を頼もうと思う。
余計な考え事をしていると、夕食をとる者達が私に気付いた。
彼らは慌てたように平伏する。
陽気に騒いでいる様を咎められると思ったのだろう。
そんな中、酒と肉を持って近付いてくる者がいた。
赤ら顔で笑うのはヘンリーだ。
彼は肉を頬張りながら話しかけてくる。
「やあ、大将。戦場に来るなんて珍しいじゃないか」
「少し気になることがあってな」
私はヘンリーに応じながら複数の魔術を発動した。
廃村を中心に近隣一帯を調査する。
あらゆる角度から入念に探ってみたが、虚像の救世主に関する手がかりは見つからない。
戦闘の痕跡のみが出てくるばかりであった。
収穫を得られなかった私は魔術を解除する。
一方、ヘンリーが酒を呷りながら私に質問してきた。
「何か分かったのかい?」
「何も分からないことが分かった」
私の回答を聞いたヘンリーは奇妙な顔をする。
彼は無言で肉に噛み付いて咀嚼し始めた。
それをゆっくりと飲み込んでから発言する。
「……それは、冗談を言っているのか?」
「もちろん真面目に話している。大切な検証だ」
頷いた私は話題を転換する。
「件の襲撃者を迎撃したと聞いたが」
「ああ、今回はさすがに肝を冷やしたぜ……」
ヘンリーは神妙な口ぶりで事情を説明する。
この地に派遣された魔王軍は、アンデッドを使いながら他国の軍を攻撃していた。
彼らは常に優勢で、そのまま領土を押し広げるほどの戦況であった。
ところが戦いの終盤、突如として魔王軍の一角が攻撃された。
何の前触れもなくアンデッドが爆散し、そこから破壊の波が連鎖したのだ。
現地の指揮官だったヘンリーは、すぐさま近くまで駆け付けた。
何かを察知した彼は矢を放ったが、破壊現象は治まらない。
ヘンリー曰く、矢はすり抜けてしまったらしい。
それでも諦めず、ヘンリーは攻撃を繰り返した。
他国の軍を蹴散らしながら、破壊現象の沈静化を試みたのだ。
彼は配下を鼓舞しつつ、二方向への攻撃を展開した。
配下によると、鬼神の如き活躍だったという。
混沌とした激戦の末、魔王軍は他国の軍を撤退させることに成功した。
その頃には、破壊現象も消失していたらしい。
以降は不審な攻撃を受けることなく現在に至るそうだ。
こうしてヘンリー率いる魔王軍は、虚像の救世主を撃退したのであった。




