第243話 賢者は配下の勢いに押される
閃いた策を練っていると、轟音を立てて扉が開かれた。
蹴りを放った姿勢で立つのはディエラだ。
その背後にはユゥラもいる。
(一体、何の用だろうか)
疑問に思う間に、二人は室内に入ってきた。
ふと足を止めたディエラは、眉を寄せて鼻を動かす。
「……大精霊が来ておったな?」
「ああ、彼女は重大な情報を提供してくれた」
私は答えながら、ディエラの行動を訝しむ。
何かを嗅ぐような動作をしているが、大精霊が匂いを残しているのだろうか。
不死者である私は、味覚と嗅覚を失っている。
大精霊の姿を見るに、匂いがあるとは思えない。
もっとも、ディエラの行動が奇怪なのはいつものことだ。
彼女に関する深読みは、あまり意味がない。
ユゥラも首を傾げているので、放っておいてもいいだろう。
私は二人に大精霊との会話を伝えた。
内容の大半が機密事項だが、この二人なら明かしても大丈夫だろう。
椅子に座ったディエラは腕組みをして唸る。
「虚像の救世主か。難儀な敵じゃの」
「疑問点を発見――相手は特殊な現象の一種です。殺害は不可能と思われます」
「それは吾も思った。いくらお主でも、さすがに倒せぬのではないか?」
ディエラとユゥラは揃って意見を述べる。
肝心の作戦はまだ説明していない。
これに関してはまだ具体的な部分が決まっていなかった。
計画が固まり次第、伝えようと思う。
不安定な作戦を話したところで、余計な混乱や不安を招くだけだろう。
私は二人の疑問に回答を返す。
「確かにこのままでは無理だが、工夫すれば解決できる」
「さすがは吾を倒した策士じゃのう……あの頃の慧眼は衰えておらぬようじゃ」
ディエラは満足そうに言う。
愉快そうに輝く双眸は、先代魔王の覇気を覗かせていた。
普段から残念な言動が目立つディエラだが、その本質は宿敵だった頃の強さを秘めている。
衰えていないのは彼女も同じだった。
「して、吾らは何をすればいい?」
「各地の魔王軍の援護を頼む。なるべく時間を稼いでほしい」
「クハハ、その程度の任務、造作もないことよ!」
ディエラはここぞとばかりに高笑いした。
彼女は勢いよく立ち上がると、拳を掲げて扉の向こうへと駆け出す。
「ゆくぞユゥラ! 今代魔王に貸しを作るのじゃ!」
「個体名ディエラの提案に賛成――マスターの支援を開始します」
ユゥラは私を一瞥し、小さく拳を掲げてから退室した。
彼女は一礼して扉を閉める。
取り残された私は、頬杖をつきながら固まる。
二人の気配が遠ざかるのを確かめて、椅子に座り直した。
(まだ援護の行き先を伝えていないのだが……まあいいか)
そもそも何の用事でやってきたのだろうか。
用件の一つも聞いていない。
よく分からない二人である。
人間の頃なら、ため息の一つでも洩らしている。
しかし、彼女達も私のために張り切っているのだ。
そのやる気は素直に嬉しかった。
指示自体も念話で可能なので問題はない。
背筋を伸ばした私は、作戦の練り上げを再開するのであった。




