第241話 賢者は問題の正体を知る
(しかし、一向に解決の糸口が見つからないな)
一人になった私は、事務作業の手を止めて思案する。
しかし、このまま考え込んでも意味がないだろう。
事情に詳しい者の意見が欲しかった。
あまり頼ると迷惑な気もするが、そうも言っていられない事態である。
決心した私は、目的の相手と念話を繋げる。
「大精霊よ。少し相談がある」
「何でしょうか」
話しかけた相手――大精霊は、目の前に出現した。
そのあまりの速度に驚く。
まだ呼び出していないのだが、それだけ迅速に応じてくれたのはありがたい。
しかし、大精霊の姿がいつもと違う。
大まかには同じなのだが、どうにも異なるのだ。
違和感の正体に気付いた私はそれを指摘した。
「今はユゥラに憑依した形ではないのか」
「本体から力の一部を新たに分離しました。通常時に比べると非力ですが、この状態だと防御機構の制約にも縛られません」
大精霊は淡々と説明する。
あっさりと言っているが、とんでもないことだ。
彼女の解説が本当なら、顕現が簡単になったらしい。
おまけに防御機構という役割を放棄している。
(そんなことをしていいのだろうか)
随分と大胆な行動だ。
少しだけ心配になるも、私が気にすることではない。
大精霊も自由に動き回りたいのだろう。
それを否定するつもりはなかった。
納得した私は本題に入ることにした。
「面倒な事態になった。見解を聞きたい」
「事情は既に把握しています。ユゥラを介して見ていました」
大精霊は静かな調子で述べる。
それならば話が早い。
彼女も世界情勢を気にかけていたのだろう。
やはり防御機構としての意識があるようである。
私を注視する大精霊は、さっそく結論を述べた。
「今回、世界の意思が生み出したのは、形を持たない架空の存在です」
「架空の存在……?」
「人々の願望が、純粋な破壊現象として魔王軍を攻撃しているのです。呼び名を付けるなら、虚像の救世主といったところでしょうか」
大精霊の述べた呼称は、実に的を射ている。
今回の相手は、救世主の大量死を経て登場した。
さらに姿を見せない特徴から、虚像と表現したのだろう。
「一連の出来事により、英雄に対する期待と失望は大きくなりすぎました。それらを受け止められる個人がおらず、結果として誰でもない存在が力の行使を代行しています」
「なるほどな……」
大精霊の解説は、私の疑問を解消する内容だった。
虚像の救世主とは、ただの現象である。
特定個人に能力が授けられたわけではない。
魔王軍の破壊という結果だけを引き起こす何かだ。
人々の深層心理は、考えたのだろう。
ただの強者が束になっても魔王には敵わない、と。
彼らには圧倒的な力を持つ個人が必要で、そのような英雄を求める声は大きかった。
ところが実際問題、該当する人間はいない。
結果、虚像の救世主が生み出された。
これは誰でもない。
実体を持たないため、どれだけの期待を寄せられようと潰されない。
英雄覚醒とは対の状態と言えよう。
もはや天変地異の類である。
いくら調査しても見つけられないはずだ。
そもそもの前提として、実行犯が存在していないのだから。
どこにもいない人物の行方を掴めるわけがない。
(世界の意思も、いよいよ本気になったのか)
今代魔王は、何者にも止められないと認識されたらしい。
故に何者でもない現象が執行者となった。
ある意味、究極の妨害である。
人類の集合意識は、私を始末するのに手段を選ばなくなったようだ。




