第24話 賢者はエルフの一団と邂逅する
「エルフの一族か……」
告げられた報告を受けて、私は呟く。
少し予想外の回答だった。
どこかの国が奇行に走ったのかと思ったが、そういうわけではなさそうだ。
むしろ、それよりも複雑な事情の予感がする。
エルフとは、精霊に愛される亜人である。
基本的に人間――人族を敬遠して住処を離れない種族だ。
人間の国で見かけることは滅多にない。
変わり者のエルフが故郷を出て自由業を営むこともあるが、それは数少ない例外である。
人族とは相容れないというのが、エルフに対する一般的な印象だろう。
そんな彼らが、集団で行動しているのだ。
何らかの目的があるに違いない。
なぜ今の時期に魔王領に侵入しているのか、全く以て不明であった。
「エルフの一団は、魔王領の北西部を徒歩で移動中です。方角的に王都を目指しているようですな。おそらく三日ほどで到着する予定でしょう」
「そうか」
私は相槌を打ちながら思考する。
彼らは王都を目指している。
ひょっとすると、私に用件があるのではないだろうか。
王都方面へ来るということは、それくらいしか思い付かなかった。
少なくとも観光目的などではあるまい。
かと言って、攻撃目的の侵入ではないはずだ。
少人数で堂々と姿を晒して移動しているのが何よりの証拠である。
むしろこちらに存在を主張している節さえあった。
敵意はないと知らせるのが狙いと思われる。
「エルフ共は、魔王様との謁見を希望しているのでしょうか……」
グロムは首を捻ってうなる。
彼も同じような結論に達していたらしい。
「謁見して何を言うのかが不明だがな」
「まったくその通りですな。よく分からない連中です」
魔王になってから侵略戦争を繰り返しているが、彼らの故郷である世界樹の森には手を出していなかった。
あそこは王国から離れている。
したがってアンデッドの被害など出るはずもない。
現状、彼らがこちらの領土に踏み込むほどの接点がないのだ。
私自身、世界樹の森を破壊するつもりはなかった。
あの地を蹂躙することが人類団結に繋がらないためである。
ただエルフ達を苦しめるだけで、それは私の望む展開ではない。
「如何されるのでしょう? ご命令とあれば、我が対処致しますが」
「いや、ここは私が向かおう」
グロムの提案に首を振る。
やはり実際に会って話をするのが手っ取り早い。
向こうもそれを望んでいるのだろう。
だからこそ、わざわざ魔王領に入ったに違いないのだから。
万が一、王都に辿り着いた段階で妙な真似をされても困る。
先に動いて目的を確かめるのが最善策だろう。
そうして考えのまとまった私はグロムに命令を下す。
「来客を迎える準備をしておいてくれ」
「かしこまりました! お気を付けていってらっしゃいませ!」
グロムは優雅に一礼をする。
特に心配や不安などは抱いていないようだ。
さすがにエルフの一団程度が、私に危害を加えられないことを分かっているのだろう。
「…………」
私は感知魔術を使い、同時に意識を集中させた。
感覚の網を一方向に向け、膨大な情報を取得していく。
不要なものを意識から切り捨てて、エルフ達の詳細な位置を探った。
やがてそれらしき反応が引っかかる。
数も間違いない。
徒歩の速度で王都を目指している。
「そこか」
彼らの居場所を捕捉した私は、すぐさま転移魔術を起動した。
視界が王都の街並みから切り替わる。
そこは丘陵地帯を抜ける街道だった。
振り向くと、数十人の男女がこちらへ歩いてくる。
色素の薄い髪に、尖った耳と白い肌。
華奢な体躯からは、精霊の力が漂っていた。
いずれもエルフの特徴である。
ローブを被って隠しているようだが、それと分かって観察すればすぐに分かった。
私はちょうどエルフ達の進路上に転移できたようだ。
ひとまず彼らのもとへ歩を進めていく。
「なっ!?」
「お、おい嘘だろッ!」
驚きの声を上げたエルフ達は、一斉に弓や杖を構えた。
それらを私に向けたまま後退し始める。
見るからに警戒されているようだった。
とても対話ができる状況ではない。
場の空気は張り詰め、今にも戦闘が起きそうな状態であった。
無論、それは互いに避けたい展開だろう。
速やかに誤解を解くため、私は彼らに声をかける。
「待て。争うつもりはない」
「…………」
エルフ達は構えを解かない。
幾多もの鋭い視線が私に突き刺さっている。
一挙一動をつぶさに監視されていた。
少しでも不審なことをすれば、即座に魔術と矢が飛んでくるだろう。
(ふむ。いきなり現れたのは失敗だったな……)
自身の軽率な行動を反省する。
予期しない遭遇をすれば、当然ながら向こうを警戒させてしまう。
それを考慮しなかった私が悪かった。
地上に蘇ってからは戦闘行為ばかりで、その辺りの感覚がずれていたのかもしれない。
加えて今の私の容姿は、非常に禍々しい。
この身に宿る無尽蔵の魔力と瘴気も、エルフ達は感じ取っているはずだ。
比喩抜きで規格外の怪物である。
そのような存在が唐突に現れたのだから、気を緩められるはずがない。
攻撃されなかっただけ僥倖と言えよう。
(仕方ない。このまま会話を進めるしかないか)
反省の末、私は冷静に判断する。
膠着状態に陥っているが、いつまでも黙っているわけにはいかないのだ。
私が無言でいるほど、事態は悪化すると言ってもいい。
なんとか会話を試みるのが先決だろう。
仮に攻撃されたところで、大事に至るものでもない。
そのすべてを防ぎながら対話を続行するまでだ。
方針を決めた私は、落ち着いた声音で彼らに問いかける。
「代表の者は誰だ。話をしたい」
私の言葉に対して、エルフ達は顔を見合わせる。
その中から一人の若い女が進み出た。
若いという表現は厳密には誤りだろう。
エルフ族は長命種である。
外見と実年齢に大差があるのが大半だった。
二十前後に見えても、私より遥かに年上に違いない。
そんなエルフの女は、一人でこちらに近付いてくる。
凛とした雰囲気を纏っており、怯えや動揺などは感じられなかった。
彼女の動きを見た他のエルフ達が武器を下ろす。
私の前で足を止めたエルフの女は、毅然とした態度で名乗る。
「初めまして。族長代理で、この一団を預かっております。漆黒のスケルトン……貴方様が不死の魔王ですね」
どうやらこちらの正体に勘付いていたらしい。
私は隠すことなく頷いた。
すると、他のエルフ達がざわめく。
少なくない動揺が広がっていた。
まさか王都までの道中で遭遇するとは思わなかったようだ。
私が高位の不死者であることは分かっていただろうが、まさか魔王本人とは考えていなかったのかもしれない。
それらの反応を無視して、私は話を続ける。
「私の領土を訪れたということは、何らかの用件があるのだろう。それを訊きに来た」
「はい……」
族長代理のエルフは、意を決した表情を浮かべる。
そして彼女は、真摯な様子で私に懇願した。
「世界樹の森が人族の軍に攻め込まれて危機に瀕しています。どうか力を貸していただけないでしょうか」




