第239話 賢者は先の世界を懸念する
炎槍を殺した私は一都市を占領した。
アンデッドは残る人々を蹂躙している。
決死の反撃が散見されるが、彼らの努力はあまり意味がなさそうだった。
当初は百体だったアンデッドは、今や数万の規模に膨れ上がっている。
都市内の人間を変貌させた結果だ。
この数年で対アンデッドを想定した術は進歩し、短い詠唱で大きな効果をもたらすようになった。
安価な聖属性の魔術武器も登場している。
すべてが魔王である私やその配下を滅ぼすためであった。
しかし、その対策も完璧ではない。
強力なアンデッドは聖属性への抵抗力を持つ。
全身に帯びた瘴気で肉体を保護しているのだ。
私の使役するアンデッド達は、大なり小なり抵抗力を保有していた。
加えて圧倒的な数を誇り、いくら倒されようと損害は少ない。
たとえ攻撃で打ち倒されたとしても、その残骸から聖気を除去して、新たなアンデッドとして組み直すだけだ。
生半可な対策など、こちらからすれば誤差の範囲であった。
戦いは決した。
あとは部下を転送して任せればいいだろう。
私は最寄りの魔王軍に念話で連絡すると、そのうち何割かをこちらの都市に移す。
入れ替えるようにして、都市内のアンデッドの一部を向こうの魔王軍に送った。
これで双方の不足はなくなったはずだ。
用を済ませた私は、別の大陸へと転移する。
やるべきことは一つではない。
次から次へと消化しなければならなかった。
私が見下ろすのは、小さな大陸だ。
ここは無数の小国と二つの大国で成り立っており、海の向こうとの交流を断っている。
二つの大国は、長年に渡って争っていた。
私の活動が始まってからは冷戦状態が続いていたが、双方の国で救世主が事故死したことをきっかけに破綻した。
それを互いの国の陰謀だと断定し、関係が悪化したのである。
このままだと本格的な戦争が起きて、多くの人間が犠牲になるだろう。
魔王軍を配置してもいいが、この国の仲の悪さは深刻だ。
アンデッドによる被害を無視して争い続ける可能性があった。
そのため、もっと強引な手段で解決すべきだと結論付けた。
「さて、始めるか」
私は片手に魔力剣を生成すると、切っ先を真上に向けて掲げる。
そこから普段の百倍ほどの魔力を流し込んだ。
崩壊しかける術式を固定するうちに、剣は途方もない大きさまで膨張する。
最終的には地平線に接するかと思うほど長さとなった。
さらに瘴気を注ぐと、巨大化した魔力剣は漆黒に染まる。
仕上げとして、数種の獣の異能で強化を施す。
多重の改造行為を受けた魔力剣は、圧倒的な破壊力を内包した。
青白い火花を迸らせながら軋んでいる。
力が逆流すれば、私の身が爆散するだろう。
術を制御するのも一苦労であった。
形を安定させたところで、私は視線を地上に向ける。
感知魔術を使って、直線上に人間がいないことを念入りに確かめた。
問題ないことを確信した私は、魔力剣を振り下ろす。
黒い極光の斬撃が放たれて、眼下の大陸を縦断していった。
轟音と共に、不動の大地が引き裂かれていく。
すぐさま私は、空間魔術を行使した。
大陸の切断面を塞ぎ止めて、端からの崩壊を防ぐ。
さらに海流を操作し、大地の裂け目に誘導した。
そのまま割れた大地を引き離していく。
しばらくすると、大陸は海を隔てて二分された。
大陸を丸ごと切断することで、紛争国を物理的に離したのだ。
両者の間の海域は、濃密な瘴気で汚染されている。
その性質上、絶対に通り抜けることができない。
(少しやり過ぎたが、概ね計算通りだ)
これで紛争は終焉を迎えた。
両国が争うことはなくなっただろう。
二つになった大陸では大きな混乱があるに違いない。
しかし、畳みかけるように魔王軍が侵略を始めれば、余計な考察をする暇はないだろう。
(そろそろ次の段階に移るべきか……)
私はグウェンとの会話を思い出す。
救世主に向かうはずだった世界の意思は、どこかに停滞していた。
時期は不明だが、それはいずれ発現される。
果たしてどのような形で姿を見せるのか。
現状では対策のしようがなかった。
代役なり得る者を英雄に仕立て上げる方法は危険だ。
救世主の二の舞になる恐れがあった。
今になって実行しても効果は薄いだろう。
後手に回ることになるが、相手が現れてから対処するしかなかった。
次に現れる英雄は、きっと過去に類を見ないような存在となる。
無数の救世主達が背負い切れなかった力を受け継ぐのだ。
今の私を倒すために発生することを加味すると、おそらく規格外の英雄になるはずだ。
(気を引き締めなければいけないな)
私は正義を屠る不条理な悪だ。
一般に悪は潰える運命にあるが、それを覆すのが今代魔王の使命であった。




