第238話 賢者は英雄を討つ
赤い鎧を纏う騎士が、猛然と接近してくる。
その騎士は、炎槍と呼ばれる英雄だった。
大胆な踏み込みから、その名に違わぬ燃える槍を突き放ってくる。
私はそれを魔力剣で受け流した。
強烈な衝撃に指が痺れるも、辛うじて破損は免れる。
私は返す刃で相手の脇腹を狙う。
炎槍は寸前で防御すると、私を振り払うようにして距離を取った。
(随分と戦い慣れているな)
こちらを焼き尽くす火力の連撃は苛烈だった。
動きからも膨大な戦闘経験が窺える。
もっとも、私を凌駕するほどではなかった。
私は転移で彼の背後に移動する。
振り向きざまに振るわれた槍を、持ち上げた片手で受け止めた。
叩き込まれた一撃により、前腕が粉砕された。
しかし、破壊された腕が飛散することはない。
立体感を失った腕は、刹那の間に触手の束へと変貌する。
そのまま槍に絡み付いて勢いを殺してしまった。
「……っ」
炎槍が驚愕する気配を感じた。
その隙を逃さず、魔力剣で彼の胴体を貫く。
さらに瘴気を流し込むと、炎槍を断末魔を上げ始めた。
強靭な肉体は串刺しにされたまま、体内から侵蝕されていく。
やがて炎槍は、アンデッドに変わり果てた。
赤い鎧の表面には、血管のような黒い筋が浮かんでいる。
不気味に脈動して腐液を垂らしていた。
アンデッド化した炎槍は私の剣から逃れて、咆哮を上げる。
荒い呼吸を響かせながら、周囲で戦う兵士に襲いかかっていった。
それを見届けた私は、魔力剣を解除して辺りを見回す。
周囲を埋め尽くすのは、私の使役するアンデッド達だ。
人々に喰らい付いては新たな獲物を探している。
ここは別大陸の都市だ。
今回は私と百体のアンデッドで侵攻し、ちょうど制圧したところであった。
落ち着き次第、魔王軍の拠点にしようと思っている。
この都市は国境付近に位置しており、救世主を失って弱体化した隣国に攻め入ろうとしていた。
いずれ大規模戦争に発展していただろうが、中間地点に魔王軍を配置することで、双方が迂闊に手出しできなくなる。
元より防衛に適した地形だ。
さらに魔術で調整すれば、堅牢な拠点となるに違いない。
人間同士の争いは未だに多い。
救世主を失って大人しくなる国もあったが、後がないと考えて攻勢に移る国もいた。
各国に英雄自体はまだ存在している。
救世主を名乗らなかった強者達だ。
彼らは戦場で活躍しており、魔王軍の最新兵器すら凌ぐ者もいるほどであった。
今回の炎槍もその一人だ。
そういった英雄が人間同士の戦いに駆り出された場合、私や幹部が対処する。
彼らにとっては災難だろうが、これも争いを抑止するためだ。
英雄の無惨な死は、人々に衝撃を与える。
魔王の脅威は再認識されて、彼らに本当の敵が誰なのかを理解させる。
この調子で世界各地の戦争に次々と介入し、国同士の関係を操作する予定だった。
根本的にやることは変わらない。
魔王がすべての敵となるよう、人々の憎悪を私に集中させるだけだ。
密偵からの情報によれば、人々は救世主の死を魔王の仕業だと考えているらしい。
彼らが勘ぐってしまうのも仕方ない。
救世主の大量死は、明らかに不自然な惨事だった。
そのようなことが可能な者といえば、真っ先に私が挙がる。
疑われることについては別に構わない。
勝手に思い込ませておけばいい。
その方が好都合なのだ。
救世主を虐殺した魔王は、全世界から憎悪を向けられている。
それに対抗してさらなる侵略戦争を展開する。
筋書きとしては十分だろう。




