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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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第237話 賢者は獣に宣言する

「そもそも今回の救世主とは、些細な善行から広まり、吟遊詩人に誇張された存在です。人々の妄想や噂で肉付けされたイメージは、際限なく膨らみ続けます。全世界に知れ渡った頃には、個人が名乗れる代物ではなかったと思いますよ」


「名の重みに耐え切れなかったのか……」


 救世主の発祥は、無名の人間による善意だ。

 小さな人助けが起源である。

 関連性のないそれらが重なり、存在しない救世主を形成した。


 救世主が実在すれば、過度な噂も抑えられただろう。

 しかし、そのような個人はどこにもいない。

 過剰に持て囃された末に生み出された、空想の人物像だからである。


「救世主の突然死は、誰のせいでもありません。強いて言うなら、人類全体の自業自得ってやつですかねぇ。勝手に吹聴しておきながら失望するなんて、これほど傲慢なことはないと思いません?」


 グウェンは嗜虐心に満ちた顔で薄笑いを湛える。

 彼女は心底から人類を嘲笑っていた。

 滲み出る悪意を隠そうとしない。

 これが彼女の本性であった。


「お前はこの事態を楽しんでいるようだな」


「当然じゃないですか。私には無関係なわけですし。他人の不幸ほど愉快なことはありませんよ。あ、性格悪いって思いました?」


「…………」


 私は無言でグウェンを睨み付ける。

 彼女は、こちらの神経をわざと逆撫でしていた。

 私の反応を見て楽しんでいる。

 怒りを見せれば、彼女の思う壺であった。


 口調を荒げることなく、私は話題を転換する。


「此度の出来事は、何らかの前兆だと考えている。お前はどう思っている?」


「そうですねぇ。概ね同じ意見ですよ、ええ。これから事態は悪化するんじゃないですかね」


 グウェンは耳を掻きながら言う。

 不真面目な態度だが、その眼差しは確かに思考を巡らせていた。

 考えなしに発言しているわけではない。


 私は彼女の意見に問いを重ねていく。


「具体的には何が起こるんだ」


「断定はできませんが、たぶん強敵が生まれるでしょう」


「強敵だと」


 私がそう言うと、グウェンは頷いた。

 彼女は右手の指を一本立てる。

 それを回転させながら自説を語った。


「救世主達が受け切れなかった願望の力は、行き先を失って停滞しています。消滅することはありません。どこかで捌け口を作って発露します」


「その捌け口となった者が強敵になるわけか」


「大正解です! さすがはハーヴェルトさん、察しが良いですねぇ」


 グウェンは私に向かって指を突き付けてきた。

 彼女は愉悦に満ちた笑みで続きの言葉を述べる。


「魔王討伐を求める声と、救世主を過剰に持て囃す風潮。二重の要素が今回の世界の意思です。なかなかに強烈ですよ」


「関係ない。何者であろうと捻じ伏せる」


 私は毅然とした態度で答える。

 事態は混迷を極めてきた。

 もはや手段を選んでいられない。

 こうなったら私が強引に解決すべきだろう。

 新たな敵が現れた場合、何かされる前に排除するつもりだ。


「自信満々ですねぇ。さすが魔王様って感じです」


 グウェンは飄々と言ってのける。

 私の圧を前にしても、彼女は平然としていた。

 ソファに寝転んだ彼女は、両脚を動かしながら笑う。

 まるで無邪気な子供のようだった。

 しかしその本質は、無邪気さとは正反対である。


 私はそんな彼女に質問をした。


「一応訊きたいのだが、対策は無いのだろうな」


「残念ながらありませんね。現時点で取り返しの付かない段階になってますから。ここで世界の意思を無理に抑え込んでも、またどこかで暴走するだけです。一旦、発散させるのが賢明ですね」


「そうか、分かった」


 私はソファから立ち上がる。

 そして、動きを止めたグウェンに向けて告げる。


「――私は、世界の意思を殺すつもりだ。因縁をここで断つ」


「え、ジョークですよね? もしかして本気で言ってます?」


「本気だ」


 私の答えを聞いたグウェンは、苦虫を噛み潰したような表情になった。

 何かが不満らしい。

 初めて見る表情であった。

 いつも余裕を持った彼女からは想像も付かない様子だ。


 私はそれに構わず宣言する。


「世界平和を邪魔するのならば、どのような存在だろうと許さない。必ず抹殺してみせる」


「いやいや、無理ですってば。世界を滅ぼさずにそんなことをするなんて、絶対に不可能ですから。まず前提として――」


「不可能を可能にするのが私の務めだ」


 私は遮るようにして言う。


 するとグウェンは、深々とため息を洩らした。

 彼女は、寝転がったままの姿勢で私を見上げてくる。


「……難儀な生き方ですねぇ。大変すぎて後悔してません?」


「使命を失わず、こうして奔走できるのだ。悔いることなどない」


「インテリ派と思いきや、とんだお馬鹿さんですね」


「愚かであるのは自覚している」


 私は何度も過ちを犯しながらここにいる。

 誰に言われずとも理解している。

 しかし、曲げるつもりはなかった。

 これが正しいと信じているからだ。


 私は踵を返す。

 収穫はそれなりにあった。

 これ以上の会話は今は不要だろう。

 転移魔術を使う間際、私はグウェンに向けて言う。


「また知恵を借りるかもしれない。その時は頼む」


「はいはい、お任せください。拒否権もありませんし、どんどんヘルプしちゃいますよー」


 グウェンはどこか投げやりな口調で応じた。

 よく分からないが、彼女の中で心境の変化があったようだ。

 尋ねたところで明瞭な答えは返ってこないだろう。

 それを察した私は、転移でその場を去った。

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