第236話 賢者は救世主の死を考察する
私は研究所地下のグウェンのもとへ向かう。
此度の出来事について、彼女に相談するためだ。
グウェンは世界の意思に最も詳しい人物の一人である。
外世界の獣として、対策を重ねてきた経験を持つ。
彼女から何らかの答えを得られるだろう。
私が転移すると、グウェンはソファで居眠りしていた。
いつもそこにいる気がする。
気配を感じて目覚めた彼女は、嬉しそうに上体を起こした。
「ややっ、今回は早めに会いに来てくれましたね。私もついにヒロイン枠ですか!」
「お前の勘違いだ」
「相変わらずドライですねぇ。まあ、そこがハーヴェルトさんらしいですが」
グウェンはのっそりと立ち上がると、ソファに移動する。
彼女は対面のソファに私を手招きした。
そこで話をしたいらしい。
私は大人しく彼女に従った。
前のめりになったグウェンは、さっそく話を切り出す。
「ここに来たということは、トラブルが発生したんですよね?」
「そうだ。お前の見解を聞きたい」
私はこれまでの経緯を説明する。
興味深そうに相槌を打つグウェンは、途中から口元に手を当てていた。
愉悦に歪んだ笑みを覗いている。
特に面白い内容ではないはずだが、彼女の目は輝いていた。
話を聞き終えたグウェンは、背もたれに倒れる。
息を吐いた彼女は、少し呆れたような顔をして述べる。
「救世主の虐殺ですかー……いやはや、ギャグみたいな死に方ばっかりですね。ちょっとシュール過ぎません?」
「どうしてこのような状況になった。原因は分かるか」
「心当たりはありますね」
グウェンは即答した。
ふざけたような言動とは裏腹に、その目は冷静だった。
私の説明から考察を進めていたのだろう。
やはり侮れない人物である。
足を組んだグウェンは、少し声音を落として言う。
「端的に言いますと、彼らは救世主の器ではなかったんです。死の運命を引き寄せてしまったのは、拒絶反応みたいなものです」
「拒絶反応だと?」
私の反応にグウェンは頷いた。
彼女は手振りを加えながら説明を続ける。
「今代魔王の脅威は高まり、英雄を求める声は強まった。つまり、英雄の存在価値は高くなったわけです。ところが全世界で救世主を名乗る者が続出し、英雄は陳腐なものになりました。言わずもがな、質は低下してしまいます」
グウェンの語る内容は正しかった。
各地に登場した救世主だが、全員が優れた人物というわけではなかった。
一般の傭兵が名乗ることも多く、悪党がその名を利用する場合も少なくなかった。
救世主ごとに評価は大きく異なるのだ。
質という面で見ると、間違いなく低下しているだろう。
全世界から救世主に関する声を集めれば、良いものだけではないはずだ。
「救世主の活動に熱狂する一方で、人々は気付いたのでしょう。救世主では決して魔王には敵わない、と。きっと心の奥底でそう考えたはずです」
「その失望が、此度の大量死を招いたのか」
「だと思いますよ。もしかすると英雄に足る人も紛れていたかもしれませんが、まとめて切り捨てられちゃったみたいですねぇ。不運なことです」
グウェンは半笑いで同情の言葉を述べる。
心が込められていないのは明らかであった。
彼女からすれば、救世主の死は愉快な出来事なのだろう。
それを隠そうともしない。
私は彼女の反応を腹立たしいとは感じなかった。
相談したのは他ならぬ私自身だ。
グウェンの性格もよく知っている。
彼女が悪趣味であるのは、承知の上で頼りに来たのだ。
それでも優秀な人物には違いない。
この状況で取るべき選択肢を、グウェンはきっと知っている。
私は彼女の見解を残らず聞き取らねばならなかった。




