第234話 賢者は根本的解決を望む
私は城内の書庫に赴く。
目当ての書物を手に取りつつ、そばの机に積んでいった。
たまに椅子に座って書物を読み込む。
そして休憩ついでに本棚を探る。
一人きりの室内でそれを繰り返していると、出入り口にルシアナが現れた。
彼女は軽やかな跳躍で宙を舞い、読書中の私の近くに着地する。
そして、後ろから書物を覗き込んできた。
「魔王サマ、今度は何を考えてるの?」
「世界の意思を殺す方法だ」
私の返答を聞いたルシアナは固まる。
彼女は眉間を指で押さえながら問いを重ねた。
「……んー、アタシの聞き間違えかしら。今、何て言ったの?」
「聞き間違えではない。私は世界の意思を殺すつもりだ。その方法を模索している」
私は再び断言する。
すると、ルシアナは顔を近付けてきた。
彼女は真面目な目で確認をしてくる。
「それ、本気でやるつもり?」
「当然だ。今後の方針に変更はないが、並行して研究する」
私がそう言うと、ルシアナはため息を洩らす。
苦笑いする彼女は、机に腰かけながらぼやいた。
「壮大な話ねぇ。それで成功してくれるのが一番だけど」
「困難だがやれないことはない」
「アナタが言うと、本当に実現しそうで怖いわ……」
ルシアナは呆れ気味に呟き、しばらくその姿勢で沈黙する。
視線は私が書物を読む姿を眺めていた。
やがてルシアナは、書庫を出るために立ち上がる。
去り際、彼女は私の肩を叩いた。
「まあ、手伝えることがあったら言ってよね。喜んで力を貸すわ」
「頼んだ」
私の返事を聞いたルシアナは微笑んで、楽しそうに書庫を出ていった。
そういえば何の用事で来たのだろうか。
よく分からないが、元気が出たようで何よりである。
別の書物を手に取った私は、その内容を読みながら思考に耽る。
(世界の意思を殺す方法、か……)
最も手っ取り早いのは、人類を絶滅させることだ。
世界の意思とは、人々の願望の集合体である。
供給源がいなくなれば自然消滅する。
言うまでもないが、そのような凶行は実行できない。
私は人々の平和のために尽力している。
破壊の限りを尽くすのでは本末転倒だろう。
当然だが別の手段を用意しなければならない。
今回の目的を大雑把に述べると、法則の破壊である。
よくよく考えると、これは初めての行為ではなかった。
むしろ慣れ親しんだものと言える。
魔術とは、術式を介して世界に干渉する行為だ。
魔力を燃料に特定の現象を発生させることができる。
具体的には手から炎を出したり、遠く離れた場所へ一瞬で移動が可能となる。
魔術とは、法則の破壊に他ならないだろう。
これを今までとは異なる方向から働きかけるのが、世界の意思の殺害に繋がると思われる。
幸いにも私は様々な能力を有する。
物資の不足も起こり得ない。
実験をする分には、ほぼ制限なく実施できるはずだ。
些細な可能性も捨てず、試してみたい。
(救世主の一件を解決したところで、また新たな問題が起きるのだ)
今までもそうだった。
現れた英雄を倒しても、いずれ別の英雄が覚醒する。
未来永劫、その繰り返しとなる。
魔王となった私を滅ぼし得るとすれば、それはきっと世界の意思である。
今までは問題が起きるたびに対処してきた。
これからも同様に動くつもりだった。
しかし、世界の意思をどうにかできるのなら話は別だ。
その存在を抹消できた場合、私の活動が脅かされることはなくなる。
(近いうちに、大精霊やグウェンに相談すべきか)
彼女達は世界の意思に詳しい。
有効な助言が期待できそうだった。
ついでに所長にも依頼したい。
彼女の閃きや発想力は侮れない。
分裂できる彼女には、時間的な余裕もある。
他の業務を滞りなく進めつつ、私は合間でこの研究を行う。
実現が早いに越したことはないが、手軽に達成できるものでもない。
これについては、長い目で目指そうと考えていた。
最悪、救世主の一件の後でもいい。
次の問題を防ぐような形で実現できるのが最適だろう。
急いで成果が出るのならば、最初からこのような苦労はしていない。
思考をまとめた私は、書物を抱えて謁見の間へと転移した。
次の仕事までの時間で、さっそく具体的な実験を挙げておきたい。
地道ながらも成果を出していかねばならない。
この時の私は、まだ猶予があると思っていた。
世界の意思の標的は、基本的に魔王だけだと考えていたのである。
大きな災厄は身を挺して防げる自信があり、早急に解決すべき問題はなかった。
ところが事態は、水面下で思わぬ動きを始めていた。
理不尽かつ不条理な現象が、今までとは異なる手法に移ったのである。
――三日後、世界中の救世主が突如として死んだ。




