第230話 賢者は対策の結果を聞く
翌日、早くも救世主の候補が見つかった。
その人物とは、魔王軍の密偵である。
元は王国の密偵で、魔王軍の侵略を機に捕虜となったところをルシアナが採用したそうだ。
以降、彼は陰ながら私達の活動を支えてきた。
現在は大陸外の国に潜入しているらしい。
身分を偽装して、軍人として活動しているという。
一時期はヘンリーの訓練に参加していたそうで、実力は人並み以上だそうだ。
さらには聖魔術も扱えるとのことであった。
救世主の素質は、十分に備えていると言えよう。
あとは適当な戦場で彼を英雄のごとく活躍させるだけだ。
時限式の強化魔術を付与して、戦場で突如として覚醒したかのように見えるようにすればいい。
現地の魔王軍に命じて、意図的な敗北を演出させようと思う。
そうすることで、無駄な損害を抑えつつ、劇的な勝利に見せかけられるだろう。
件の密偵が大きな戦果を上げれば、人々は彼を英雄だと解釈する。
状況次第では、大々的に演説させるのも手だ。
そこで救世主を自称すればいい。
世界の意思は彼に収束する。
これらの策が成功すれば、不規則かつ理不尽な現象を抑止できる。
莫大な力は密偵に集うこととなり、彼を名実共に救世主へと昇華させる。
その後は魔王討伐を掲げて活動してもらう予定だ。
戦局と各国の情勢に合わせて、救世主の名声を利用する。
正直に言うと、綱渡りの連続であった。
不確定要素も多く、決して万全とは言えない策だ。
しかし、他に有効な案もない。
何より今まで為す術もなかった世界の意思を掌握できるかもしれない。
可能性が生まれただけでも大きな進歩だろう。
仮に失敗したとしても、別の手を打つまでだ。
この策にすべてを懸けているわけではない。
もし世界の意思が別の形で発現したとしても、私が強引に捻じ伏せることも可能であった。
無論、世界情勢を鑑みると、あまり望ましくない展開だ。
人々に過度な絶望を広めてしまうので、万が一の最終手段ではある。
何にしろ、私が不必要に心配したところで状況は好転しない。
今は優秀な配下達に任せておけばいい。
これまでも様々な困難を共に解決してきた。
私は彼らを大いに信頼している。
彼らも同じ気持ちだろう。
それから数日間、私は通常の業務に終始した。
魔王軍は救世主以外にも様々な問題を抱えている。
各地では多面的に侵略戦争が勃発していた。
人手は辛うじて足りているものの、こちらから指示を出さねばならない案件が山積みだ。
停滞すれば、あちこちに多大な迷惑がかかる。
ともすれば膨大な犠牲を出す事態にもなりかねないため、決して気の抜けない作業である。
そういったものに追われているうちに、あっという間に時が経っていった。
ある日、私は一人で謁見の間にいた。
各戦場の情報から、戦力の振り分けを思案している最中である。
数枚の書類を参照していると、扉を叩いたグロムが入室した。
ふらつく彼は、緊張した様子で私の前に跪く。
「ご、ご報告があります」
「救世主の一件だな」
そろそろ件の密偵を救世主にすると聞いていた。
最終的な許可を求めに来たのだと思った。
私の確認に対して、グロムは頷く。
何やら不穏な調子だった。
悪い報せがあるとすぐにわかった。
幾分かの沈黙を経て、彼は報告内容を口にする。
「各地にて、救世主と名乗る者が次々と現れています……我々の作戦は、失敗です」




