第228話 賢者は悩みを吐く
私の呟きを聞いて、グロムの肩が跳ねる。
動揺が隠し切れていなかった。
グロムは呻くように言う。
「それは、まさか……」
「あの人を蘇生させたい」
私は断言する。
今まで秘めていた考えを、ついに口に出してしまった。
その途端、堰を切ったように本音が溢れてくる。
「彼女を蘇らせるべきではないと分かっている。現時点で様々な問題が紛糾している状況だ。しかし、捨て切れない想いがある」
「魔王様……」
グロムは痛みを堪えるように呟く。
失った片目が疼くも、私はそれを無視して言葉を紡いだ。
「これは魔王の願いではない。賢者ドワイト・ハーヴェルトの望みだ。救った世界に裏切られた男は、未だにあの人の従者なのだ」
認めざるを得ない事実だった。
人間だった頃の想いが、まだ心の奥底に残っている。
死者の谷で志を新たにしたその時でさえ、払拭できなかった気持ちだ。
燻る執着は、魔王の責務を押し退けようとしていた。
(憐れだ。本当に、憐れだ)
私は自らの考えで板挟みとなっている。
ただの悩みなら小さいものだ。
しかし、そうではない。
私の場合、世界の命運を左右しかねない規模なのだ。
魔王となってしまった瞬間から、個人の物事ではなくなっている。
「死者の谷で処刑された時、無力な自分に憤りを感じた。あそこで力を振るうことができれば、運命はどう変わっていたのか……心のどこかで考えてしまう」
脳裏を無数の光景が巡る。
片目の疼きが強まった。
堪え切れないほどの痛みを訴えてくる。
私は意識的に体の力を抜いた。
少し思考を中断すると、痛みが僅かに緩和する。
気休め程度だが楽にはなった。
「私は、いつだって揺れ動いてきた。肝心な時に決断が鈍るのは、生前から変わらない癖だ。誰かに後押しされなければ、何も決めることができない。情けないと思わないか」
「け、決してそのようなことは……」
グロムは言い淀む。
彼は懸命に言葉を探しているが、見つからないようだった。
迷惑をかけている自覚はある。
煮え切らない感情をグロムにぶつけているだけだ。
彼ならば絶対に怒らないと確信した上での八つ当たりである。
最低な行為だろう。
それを理解して、私はさらなる自己嫌悪に陥る。
その時、グロムの背後に別の気配が出現した。
私は思考を止めて注視する。
大柄なグロムの陰から、ひょこりと顔が覗く。
意地悪そうな笑みを浮かべるのは、ルシアナだった。
翼で浮遊する彼女は、優雅な動きで前に躍り出る。
そして舞うように回転しながら歌う。
「魔王サマの愚痴、聞いちゃったー」
彼女が喜ぶ一方、遠くからこちらへ駆けてくる者がいた。
弓を背に吊るして走るのはヘンリーだ。
彼は空中に地面があるかのように疾走している。
ヘンリーは飛行能力を持たない。
足元に注目すると、力場が発生していた。
魔力から察するに、ルシアナが補助しているようだ。
どうやら二人でここまでやってきたらしい。
何気に珍しい組み合わせだった。
後ろ手を組んだルシアナが、私のもとまで近付く。
意味深な間を置いて、彼女は目を細めて顔を覗き込んできた。
「――面白そうな話題ね。アタシ達も混ぜてくれない?」




