第226話 賢者は自らの行いを振り返る
グウェンと別れた後、私は暴動の発生した街へと赴いた。
人々が寝静まる中、禁呪によって彼らの記憶を消し飛ばす。
複数の術で催眠状態を構築して、誰にも気付かれないように実行した。
これで暴動の起きた日が忘れ去られることになる。
さらに救世主を崇拝する者については、ここ最近の記憶を丸ごと削除した。
翌日以降、大きな混乱がもたされるだろう。
しかし、実害がないと分かれば人々も落ち着くはずだ。
あとは時間が解決してくれることに期待する。
用事を済ました私は、魔王領の夜空を一人で歩く。
青々とした月明かりを浴びながら思考に耽る。
(ここからどうなるかが問題だな……)
今回はかなり強引な手段となってしまったが、これで何らかの効果があることを祈ろう。
この街は常に人間が出入りしている。
救世主を知る者の一部は、別の街へと移動している頃だろう。
そこから拡散される噂は止められない。
現地の密偵から報告があれば、同様の手段で記憶を飛ばすことができるが、いつまでも同じことを繰り返すわけにもいかなかった。
記憶消去という処置は、所詮は時間稼ぎに過ぎない。
重要なのは、ここからの動きであった。
世界の意思の発動を遅らせることができたのは確実だ。
私はこの間にグウェンの助言に従うつもりだった。
まず救世主と呼ばれるに足る者を選出する。
魔王軍から選んでもいいし、支配地に属する第三者でも構わない。
できれば英雄に値するだけの実力者が最適だ。
候補となる人間はたくさんいるだろう。
次にその者が救世主であるという噂を拡散する。
さらには魔王軍と戦わせて、勝利を掴ませてもいい。
大量のアンデッドを薙ぎ倒すような活躍をさせれば、瞬く間に名声を獲得するはずだ。
あとは魔王討伐に勤しんでいるような行動をさせる。
具体的には各地を巡るように仕向けて、たまに魔王軍と戦ってもらう。
その頃には、世界の意思が発動して、人々の願望が救世主に集束しているだろう。
以降は救世主の動向を管理するだけで有効な対処となる。
これが私が望む展開だった。
不規則な現象として、いきなり問題が起きるより遥かに対応がしやすい。
そうして出来上がった救世主の処遇は、状況次第で決める。
数年ほど活躍してもらった末、私の手で抹殺するかもしれない。
或いは誰かに救世主の座を引き継がせるという流れでもいい。
世界の意思に形を与えた後は、何らかの手段で消化するのだ。
膨れ上がった力は、私すら凌駕する恐れがある。
慢心せず、場合によっては殺害すべきだろう。
この辺りは時期と情勢に合わせて考える問題だった。
諸々の裏工作は、ルシアナに任せればいい。
彼女なら上手い具合に調整してくれるはずだ。
現在の魔王軍は各地に駐在しており、影響力は格段に上がっている。
多種多様な裏工作が実行可能となっていた。
作戦に困ることはないと思われる。
(まるで道化芝居だな)
私は頭の中の計画を自嘲する。
今更な話だった。
そもそも今の私自身こそが、道化そのものである。
世界を滅ぼす魔王を演じながらも、実際はその気などない。
平和の実現を謳いながら大虐殺を敢行している。
救うべき人々をアンデッドに変貌させて使役させている。
今度は希望となる英雄を意図的に生み出して、挙句に殺す時期まで考えていた。
矛盾だらけだ。
世界広しと言えど、私ほど醜い存在は珍しいだろう。
しかし、それでいい。
私は道化だろうと構わなかった。
世界の平穏が保たれるのなら、どのような悪事にも手を染めるつもりである。
(その役目に徹することができるのは、私だけなのだ)
救うだけの覚悟なら誰でも持てる。
事実、数多の英雄が高い志を掲げていた。
だが、それでは不十分であった。
彼らが届かなかった――否、触れようとしなかった領域を私は進んでいる。




