第225話 賢者は獣の助言を受ける
「事の経緯を話す。それを聞いたお前の意見が欲しい」
「おやおや、デレ期ですか? いいですよ、出血大サービスで答えちゃいましょう!」
グウェンが両手を突き上げて喜ぶ。
私はその反応に違和感を覚えた。
「……やけに乗り気だな」
「当たり前じゃないですか。大好きなハーヴェルトさんのためですからねっ」
グウェンは艶やかな表情で片目を閉じてみせる。
私は寒気を感じて、思わず後ずさる。
グウェンは不思議そうに眉を下げた。
「あらら、反応が悪いですねぇ。こういうタイプの女子はお嫌いですか?」
「冗談はいい。経緯を話すぞ」
私は救世主に関する事象の一通りを説明した。
特に隠し事もせずに残らず打ち明ける。
グウェンはおそらく此度の黒幕ではない。
意味深な言動を惑わしてきたが、それらは彼女の悪ふざけである。
本人も関与を否定していた。
秘匿すべきことはないだろう。
話を聞き終えたグウェンは、ソファに座って腕組みをした。
彼女は神妙な表情で唸る。
「今回は救世主ですかー。よくもまあ、次々とトラブルが起きますねぇ。世界の意思さん、ちょっと頑張り過ぎじゃないです?」
「私に言うな。困らされている側なんだ」
願わくば問題など起きてほしくない。
不測の事態は、世界に混乱を生じさせる。
平和を維持したい身としては、迷惑極まりない状態だった。
「つまりハーヴェルトさんは、噂の救世主の発生を止めるか、何らかの対策を打ちたいということですね」
「そうだ。大精霊は難しいと言っていたが、お前ならば異なる見解を持っているかもしれないと考えた」
グウェンは外世界の獣だ。
宇宙から襲来した特異な存在である。
過去にいくつもの世界を滅亡させており、その過程で世界の意思と何度も敵対していた。
すなわち経験が豊富だった。
何か独自の意見があるのでは思ったのだ。
グウェンは少し思案する。
やがて彼女は、身振り手振りを加えながら意見を述べた。
「結論から言いますと、救世主の発生を防ぐのは無理ですね。英雄の素質を持つ人ってどこにでもいますし、どんな状況からだって覚醒しちゃいますよ」
「やはりそうか」
「世界の意思の強制力は侮れませんからねぇ……ぶっちゃけチートって感じです」
グウェンはため息を洩らす。
しかし次の瞬間には、ころりと表情を一変させた。
彼女は指を一本立てると、得意げに振ってみせる。
「まあ対策と言いますか、世界の意思を操るコツとかアドバイスくらいはできますかね」
「そのようなものがあるのか」
「裏技があるんです。うちの親玉だった獣――あなた達が偽りの神と呼んでいた個体がいるじゃないか。あれが使っていた方法の応用ですね」
グウェンはそこで言葉を切り、生温かい笑みを浮かべた。
その顔で私の様子を観察している。
なんとも神経を逆撫でするような表情だった。
「勿体ぶるな。結論から話してくれ」
「もう、せっかちさんですねぇ」
苦笑するグウェンは何度か手を打った。
十分な間を置いてから、彼女は話の本題に入る。
「ずばり! 押しでも駄目なら引いてみろ理論ですね! 法則の仕様を逆手に取るわけです。あなたが強硬策をとるほど、世界の意思は反発して大きなトラブルを招いてきました。心当たりはありますよね?」
「しかし、何らかの手を打たなければ問題が発生する。見過ごすわけにはいかないだろう」
「お気持ちは分かりますが、ぐっと堪えてみましょう。食い止めようとはせず、あえて世界の意思が作用しやすい環境を用意するんですよ」
グウェンは涼しい顔で提案する。
想像とはまるで異なる対策であった。
いや、対策とすら呼べない行動だ。
とても理解ができない。
「そのようなことをしてどうなる」
「上手くいけば、狙い通りの現象が発生します。予測していた問題なら、その後の対処も楽ですからね。言うなれば罠に誘い込むイメージです」
「罠か……」
私はグウェンの使った表現に納得する。
偽りの神は、同じ手法で莫大な力を手に入れた。
自らを希望と崇拝の対象とすることで、世界の意思による力の増幅に成功させたのだ。
グウェンの対策とは、似た要領で力の集まる先を定めることだった。
「世界の意思を未然に抑止するのは厳しいので、発動する前提の策を練るべきですよ。大精霊さんのアドバイスも悪くないですが、時間稼ぎにしかなりませんからね」
「ふむ……」
「もし思惑通りに進まなかったとしても安心してください。きちんと情勢を操作できれば、後出しだろうと罠は有効ですよ」
グウェンの提案は、想像以上に的確だった。
経験則から対策を確立している。
そうして幾多もの世界を滅びに導いてきたのだろう。
彼女の手腕と実績は、確かなものであった。
話し終えたグウェンは、ソファに転がる。
その上で頬杖をついて言った。
「現状、私から言えるのはこれくらいでしょうか。また何かあれば、遠慮なく相談してくださいね。対価次第でアドバイスしますから」
「すまない。助かった」
私は礼を言う。
転移魔術を起動しようしたところ、グウェンが何かを思い出したように起き上がった。
「あ、ハーヴェルトさん」
「何だ」
転移を中断した私は尋ねる。
親指を立てたグウェンは、気合の入った様子で宣言した。
「私の活躍パート、待ってますからね! いつでも準備万端ですよ、ええ」
「……そうか」
なぜか自信満々な彼女を置いて、私はその場から転移で去った。




