第224話 賢者はさらなる情報を求める
その日の夜、私は研究所の地下へと赴いた。
救世主について、何か知っていそうな人物がもう一人いることに気付いたのだ。
収穫がない可能性もあるが、確認するだけ損はない。
私は大量の書物を抱えて入室する。
その空間に閉じ込められた人物――グウェンは、絨毯の上で寝転がっていた。
彼女は私の姿を認めると、緩んだ笑みで挨拶をしてくる。
「おはようございまーす」
「今は深夜だ」
「おはようの気分だったんです。というか、時間なんて分かりませんってば」
グウェンは苦笑いする。
一年以上もの間、彼女はこの場所にいる。
しかも常に所長が監視されていた。
常人ならとっくに気が狂っているだろうが、グウェンは未だに平然としている。
少し辟易としている程度で、精神面の摩耗はほとんど見られない。
外世界の獣、総じて心が強いのだろうか。
或いは彼女だけの特性かもしれない。
何とも得体の知れない存在である。
私は書物をテーブルに置いて告げる。
「新しい書物を持ってきた」
「わぁ、ご丁寧にありがとうございます。ちょうど新しいものを読みたかったんですよー」
起き上がったグウェン、嬉しそうに書物を手に取った。
一冊ずつ背表紙を確かめる途中、彼女はしみじみと呟く。
「いやはや、娯楽って大事ですよね。人間にとって退屈が一番の敵ですよ。まあ私は人間ではありませんが」
今のは冗談なのだろうか。
飄々とした表情からは真意が読み取れない。
私への遠回しな苦情かもしれなかった。
もっとも、グウェンに対する対応を変えるつもりはない。
彼女は色々と油断ならない。
こうして無害を装っているが、警戒して然るべきだろう。
ただでさえ新たな問題が起きようとしている時期である。
余計な心配を増やしたくなかった。
ソファに移ったグウェンは、私を見上げるようにして話題を切り出す。
「さて、今日のご用件は何です? ただ差し入れを持ってきたわけじゃないですよね」
「世界の意思が作用し始めた。新たな脅威が現れようとしている」
「あらら、それはお疲れ様です。いつもトラブルに見舞われて、魔王というのも大変ですねぇ」
「…………」
沈黙する私は、白々しい態度のグウェンを注視する。
実に怪しい反応であるが、彼女はいつもこのような言動だ。
改めて取り上げるほどでもない。
しかし、まったくの無関係だと言い切るだけの材料もなかった。
そうして考え込んでいると、グウェンが不思議そうに首を傾げた。
彼女は自分の顔を指差してみせる。
「ん? 何ですかその顔は。もしかして、私の関与を疑ってます?」
「……少しだけな」
私が答えると、グウェンは心外とばかりに両手を広げた。
彼女はため息と共に首を振る。
「やれやれ、酷いですねぇ。ここに監禁された状態で、悪巧みなんてできませんよ。完全に無実ですから」
「本当か?」
「ハーヴェルトさん、なんだか私のことを過大評価してません? あなたの思うほど黒幕キャラじゃありませんからね。今の私は、ただの可愛い囚人系ヒロインです」
グウェンは片目を閉じて笑顔を向けてきた。
前情報がなければ可憐な印象を受けるかもしれない。
彼女の人柄を知る身としては、どうにもわざとらしさばかりが目立つ。
グウェンはこうして私を振り回して楽しんでいるのだろう。
真面目に付き合っても疲れるだけだ。
早く本題に入るのが賢明だろう。




