第221話 賢者は救世主の正体を知る
私は暴動を起こした者達を観察する。
縄で拘束された彼らは静かだった。
私を前に恐怖しているらしい。
目が合うと、慌てて顔を逸らしてしまう。
幹部達が平然と接してくるので忘れがちだが、私の容姿は黒いスケルトンだ。
禍々しい力も相まって、傍目には不気味に映っていることだろう。
一般市民が怯えるのも当然であった。
私は威圧しないように意識しながら話を切り出す。
「ここへ来たのは、暴動が起きたと耳にしたからだ。お前達がやったと聞いているが、間違いないな?」
返答はない。
反対意見があるような雰囲気でもなかった。
自分達のやったことについては認めているようだ。
私は集団の中から商人風の男に目を付けると、彼の前に屈んで話しかけた。
「少し訊きたいことがある」
「な、何ですか……」
男は不安げな表情を見せる。
私の能力は広く知れ渡っている。
ほんの気まぐれで自らがアンデッドに変貌させられると理解しているのだろう。
無論、そのようなことをするつもりはないが、男が口を割りやすくなるのなら好都合だ。
「お前達は、救世主が降臨したと言っていたそうだな。それについて詳しく話してほしい」
「そ、それは……」
男は苦い顔で言い淀む。
答えを持っている様子だが、意図的に隠している。
「言えないことなのか?」
「違います! ただ、魔王様にお聞かせするほどの内容でもないので……っ」
「内容の是非はこちらで判断する。お前達は質問に答えるだけでいい。分かったな?」
「は、はい……」
男は観念して頷いた。
彼は他の者の視線を気にしながら話し始める。
「始まりは、何てこともない雑談からでした。そこから色々と発展して……」
男の語った内容は、十数日ほど前の出来事だった。
森の中を移動していた彼は、突如として魔物に襲われた。
逃走も虚しく殺されそうになった時、鎧を着た傭兵に助けられたのだという。
颯爽と登場した傭兵は魔物を牽制すると、男をその場から逃がしてくれたらしい。
男は、その傭兵を救世主だと言った。
それから他の者達も、我先にと話を始めた。
ある者はローブ姿の老人に暴漢の手から助けてもらい、またある者は流れ者の男に酒場で一杯奢られた。
魔術師の女に無償で荷物運びを手伝ってもらった者もいた。
別の者は、洞窟で傷付いて倒れていた際に回復薬を恵まれたらしい。
道に迷っていたところを、最寄りの村まで案内されたという話も出てきた。
彼らの語る内容は、概ね似たようなものだった。
見知らぬ人間が見返りを求めずに助けてくれたという。
助けられた彼らは、その奇妙な体験を知り合いに話したそうだ。
最初はただの美談で、感謝するだけだった。
ところが似たような経験をした者を知ると、彼らはいたく感動した。
徐々に集団を形成し、そのうち誰かが言い出した。
――この街には、陰で人助けをする者がいる、と。
その者は姿形を変えて、善行を積み重ねている。
根拠のない事実に共感し、さらなる感動を覚えた彼らは、話題の人物をいつしか救世主と呼称し始めた。
同じような経験を持つ者を募り、救世主を崇めるようになったのだ。
ついには大々的な宣伝を計画して、救世主の存在を街の人々に広めようと試みた。
その最中に兵士と口論になり、今回の突発的な暴動に至ったのだという。
「我々には、魔王様を批難する意図など決してありません。救世主様を知ってもらいたいだけなのです。どうか、そこだけはご理解いただけますと……」
「事情は把握した。兵士達にはその旨を伝えておく」
私がそう言うと、人々は安堵した。
ひとまず殺されないと分かって胸を撫で下ろしている。
それを見た私は一言付け加えておく。
「ただし、騒ぎを起こしたのは事実だ。罰金刑が妥当だろう。それ以外の罰は与えるつもりはない。異論はあるか?」
室内に沈黙が満ちる。
人々は反省しているようだった。
わざわざ説教することもない。
これに懲りたら、迂闊な真似もしないだろう。
私は密偵に声をかける。
「あとは任せた。私は戻る」
「承知しました。ご足労いただき感謝します」
一礼する密偵を置いて転移する。
移動先は街の上空だ。
空中を歩きながら、私は思案する。
(救世主の正体が、無数の善人だったとは……)
人助けなど別に珍しくない。
どのような地域でも十分に起こり得ることだ。
彼らを助けた人物は、きっと同一人物ではないだろう。
同じような出来事が重なっただけだ。
言うなれば偶然に過ぎない。
些細な善意は印象に残る。
暴動を引き起こした人々は、元から感動しやすい性分だったのかもしれない。
そういった者が集まって盛り上がった結果、集団催眠に近い効果を発揮した可能性がある。
漠然としていた感謝の対象を、救世主という形で明確化したのだ。
そこには何の悪意もない。
しかし、私は嫌な予感を覚えていた。
(此度の一件は軽視できないな……)
いくつかの人助けが、結果として暴動にまで発展した。
策略のようなものは感じないものの、何らかの前兆に感じられてしまう。
こういった予感は馬鹿にできない。
あの街については、入念に調べさせた方がよさそうだ。




