第220話 賢者は英雄を危惧する
私は暴動が起きたという場所に転移した。
グロムは城に残しておく。
現場は市街地だ。
私達が同時に現れた場合、無用な混乱が起こる可能性があった。
暴動自体は大したものではないらしいので、わざわざ二人で赴く必要もないだろう。
路地裏に転移した私は、隠密魔術で魔力や瘴気を抑制する。
さらに認識阻害の術を使い、外見に違和感を持たれないようにした。
これで姿を見られても騒がれない。
ローブを目深に被った男として認識されるだけだ。
準備を済ませた私は路地裏を出る。
辺りは既に騒然としていた。
私の姿を目にしたからではない。
人々の視線は、通りの先へと向かっていた。
暴動は向こうで起きたようだ。
私は人混みを縫うようにして進む。
魔術による隠蔽が効いているため、誰もこちらの正体に気付かない。
肩がぶつかった際、少し首を傾げられる程度だった。
骨の硬い感触に違和感を覚えたのだろう。
そういった反応をされつつも、私は平然と歩いていく。
やがて人だかりの向こうの光景が見える位置まで来た。
街の兵士達が、男女の集団を押さえ付けている。
彼らが暴動を起こしたのだろう。
私はその集団に注目する。
商人や傭兵、一般市民など様々な者達だった。
性別も年齢も種族はもちろん、職業までもが不統一である。
特に魔術を施されている様子はなく、精神汚染等の特殊な状態でもない。
少なくとも操られているわけではなかった。
彼らが自発的に暴動を起こしたのは間違いない。
私は念話を使って現地の密偵に話しかけた。
「暴動を起こした者達と話したい。手配できるか」
『可能です。すぐに準備致します』
返答と同時に、一人の兵士が人だかりから現れた。
念話でやり取りを交わしていた密偵である。
彼は現地の軍に身分を偽って潜入しているのだった。
集団を取り押さえる兵士に、密偵が何事かを指示する。
兵士達は頷くと、集団を縄で縛って連行し始めた。
人だかりを割るようにしてその場を去る。
私は感知魔術で行き先を確認する。
兵士達に捕縛された集団は、どうやら兵舎へ向かっているらしい。
しばらく待つと、地下の空き部屋で動きを止めた。
事情聴取の準備が完了したようだ。
私は転移で空き部屋へと移動する。
光源に乏しい室内は、あちこちに血痕が染み付いていた。
よく見ると骨らしき残骸も転がっている。
どうやらここは、拷問室のようなものらしい。
兵舎の地下にこのような部屋があるとは驚きだが、業務の上で必要な時があるのだろう。
どういった組織であれ、表沙汰にできない仕事は存在するものだ。
それについて批難するつもりはない。
一方、兵士達は私の登場に困惑していた。
話しかけることもできず、互いに目配せをしている。
密偵は詳しい事情まで話していなかったようだ。
私は被っていたフードをめくって顔を見せた。
同時に認識阻害の術を解除する。
その瞬間、兵士達は仰天した。
彼らは拘束した集団を置き去りにすると、我先にと退室してしまった。
兵士達は魔王軍ではない。
この街に属する一般の兵士だ。
まさか私が出向いているとは思わなかったのだろう。
少し悪いことをしてしまった。
「遅くなりました」
入れ代わるようにして密偵が入室してきた。
ルシアナの部下であり、共和国出身の魔族である。
整形手術を受けているため、外見は人間と区別が付かない。
高い潜入能力を持つ優秀な人材だと聞いていた。
「ご苦労。さっそく始めるぞ」
密偵に応じながら、私は防音と閉鎖を兼ねた障壁を張る。
これで万が一にも外から邪魔は入らない。
拘束された者達を見ながら、私は思考を巡らせる。
(一体、救世主とは何者なのか……)
私の勘が正しければ、おそらく英雄を指す言葉だろう。
世界の意思が、作用し始めたのかもしれない。
もしそうなら無視できない案件である。
その正体を必ず暴かなければ。




