第219話 賢者は理想を視野に収める
魔王軍の活動は広域へと至りつつあった。
大陸内に留まらず、海の向こうにも干渉している。
先日の熱帯雨林を始めとする辺境の地にも、複数の拠点を建設した。
そこに配下を送り込んで基盤づくりを開始している。
既に現地の国々と戦争を引き起こしている地域もある。
戦況は逐一報告させており、それらを参考に追加戦力を派遣していた。
魔王軍の保有戦力は、間違いなく世界最大である。
多種多様な種族の配下に加えて、膨大な数のアンデッドや奴隷、捕虜などがいる。
持て余してしまうほどの規模となっていた。
さらには参入を希望する者が後を絶たない。
魔王の配下となれば、滅びの対象から外れるという噂が流れているためだ。
昨今の情勢から考えるに、あながち間違いでもなかった。
軍属だけなく、移住してくる者も多かった。
そういった者達は基本的に受け入れている。
将来的に魔王領を支える力となってくれるからだ。
無論、密偵や工作員が混ざっている場合もあるので、ルシアナ経由で常に炙り出していた。
魔王領の内情を探ろうとする者は捕縛し、所属を暴いたのちに、ルシアナの魅了で下僕に仕立て上げる。
或いは研究所に送って実験体として利用した。
彼らにとっては悲惨な結末だが、甘い処分はできない。
魔王領は秘匿情報が多い。
特に私の真の目的を悟られるわけにはいかない。
情報管理は徹底しなければならないのだ。
私は全知全能ではない。
万人を等しく救えるわけではない。
だからこそ、持てる力で最善の策を取っていく所存である。
多少の犠牲を許容し、全体として世界が平和になるように調整するのだ。
(たとえ何者であろうと、私の邪魔はさせない)
謁見の間で報告書を消化する私は、改めて決意する。
今、全世界の敵意は魔王に集中しつつあった。
悪くない流れだ。
目論見通りに進行しており、戦力も足りている。
今後も状況に合わせて対応して、魔王軍の影響力を拡大していく。
そうして人間同士が協力せざるを得ない局面に持ち込めば、あとは継続のみだった。
幸いにも私は、寿命という概念から外れていた。
ただひたすらに魔王として君臨できる。
玉座に腰かける私は、そばに立てかけた形見の剣を一瞥する。
「…………」
世界平和もいよいよ現実味を帯びてきた。
あの人が望んだ過程とは異なるが、紛れもなく平和の一種には違いない。
それをようやく為せるのだ。
どこか不思議な高揚感を抱いてしまう。
その時、思考を遮るようにして扉が開いた。
大慌てで室内に飛び込んできたのはグロムだ。
彼は動揺を隠さずに叫ぶ。
「魔王様! き、緊急事態でございますッ!」
「どうした」
「支配地の一つで暴動が発生しました。特定の集団が結託して引き起こしたようです。現在、鎮圧の最中なのですが、その者達が気になることを訴えておりまして……」
「どのような訴えだ」
私が尋ねると、グロムは数度の逡巡を見せた。
その時点で嫌な予感を覚えるも、口を挟まずに待つ。
やがて彼は言いにくそうに答えた。
「彼らは口を揃えて主張しています。救世主が降臨した、と」




