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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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第214話 賢者は勇者について想う

 数日後、私は謁見の間でいつものように事務作業を行っていた。

 属国という形で分離させることで、支配地を縮小して雑務を減らした。

 それでもやるべきことは多い。


 各地から私の許可を求める書類が殺到していた。

 可能な限りは部下に任せているも、多忙と称するに値する量が舞い込んでいる。

 机に積み重なる書類に目を通しては、地道に消化していく。

 その途中、私はふと手を止めた。


(これは……)


 一枚の書類を手に取って注視する。

 私の様子に気付いたルシアナが、不思議そうに尋ねてきた。


「どうかした?」


「この報告書の内容が気になってな」


 私は件の書類をルシアナに手渡す。


 その内容とは、各地の人々の声に関するものであった。

 なんでも人々が勇者の再来を求めているらしい。

 未だ膨らみ続ける魔王軍の脅威を深刻に捉えているのだ。

 大陸の外でも、同様の反応があるという。


 かつて先代魔王が討伐された時のように、誰もが勇者の登場を望んでいた。

 報告書には、そういった声の具体的な規模や地域が記載されている。

 勇者に関わる事象ということもあり、私まで回ってきたようだ。


 内容を一瞥したルシアナは、納得した顔になる。

 彼女は少し思案しながら書類を返してきた。


「ああ、勇者の再来ねぇ……本当に現れると思う?」


「可能性はあるだろう。魔王を倒すのは、いつだって勇者だ」


 勇者の再来は、常に想定している。

 魔王にとっては宿敵であった。


 実際、私の顕現に合わせて勇者が覚醒したこともある。

 ただの兵士に過ぎなかった青年は、突如として聖剣の力に目覚めた。

 彼は私が形見の剣で初めて殺した者となった。

 当時の戦いは、今でもよく憶えている。

 過去にそういった事態があるのだから、二度目があってもおかしくないだろう。


 しかし、今の私に対抗できるような勇者となると、世界規模の影響力を持つ存在となってしまう。

 もし出現した場合、とても看過できない。

 新たな魔王となり、本当に世界を滅ぼす危険も考えられる。

 即座に抹殺しなければならないだろう。


 ルシアナはそばで黙々と作業をするグロムに目を向けた。

 彼女は椅子にもたれながら話しかける。


「ねぇ、骨大臣。アンタはどう思う?」


「――愚問だ。魔王様を倒す勇者など存在せぬ」


 書類を睨んだまま、グロムは断言する。

 彼は勇ましく立ち上がると、胸に拳を当てて宣言をした。


「半端な者が勇者を名乗った暁には、我が直々に相手をしてやろう。この世に肉片一つ残さぬように消してくれる」


「あはは、怖いわぁ。アンタの場合、冗談じゃないのよねぇ……」


 ルシアナは肩をすくめて首を振る。

 私も彼女と同意見だった。


 グロムは勇者が相手でも躊躇なく戦うことだろう。

 そして宣言通りに勝利するに違いない。


「魔王様、わたくしはいつでも準備万端ですぞ! たとえ地の果てであろうと向かいますので、お気軽に命令をっ!」


「……ああ、頼りにしている」


 張り切るグロムに、私はやや押され気味に応じる。

 まるでもう勇者が現れたかのような迫力だが、当然そのようなことはない。

 ただ、彼のやる気は十分すぎるほどに伝わってきた。

 有事の際は、グロムに頑張ってもらおうと思う。


 何にしろ、勇者の到来は警戒しておくべきだろう。

 世界の意思は、人々の願望を実現する。

 今の私に拮抗する勇者を生み出す恐れがあった。

 密偵の情報網を利用して、大陸の外も含めて各地を警戒するつもりだった。


 考えをまとめた私は、次の書類の確認に移ろうとする。

 次の瞬間、扉が勢いよく開かれた。

 そこに仁王立ちするのはディエラだった。


「お主ら、勇者という言葉が聞こえたぞ! 吾も話に混ざりたいのじゃがっ!」


「あら、ディエラ様。相変わらず落ち着きがないのね」


「元気な証じゃよ。それより、勇者がどうしたのじゃ?」


 大股で入室するディエラに、ルシアナが先ほどの話題を説明する。

 腕組みをして聞き入るディエラは遠い目をした。

 彼女はいつになく真面目な表情で呟く。


「ほほう。勇者を求める声か……吾の時と同じじゃな」


「人々は希望に縋ろうとする。それがどれほど脆く儚いものでも、頼らざるを得ない」


「よく分かっておるな。さすがは元賢者じゃのう」


 ディエラは私の肩を叩くと、急に顔を寄せてきた。

 彼女は低い声音で尋ねてくる。


「今代魔王の脅威は全世界に周知された。お主はどうするつもりじゃ?」


「各地に圧力をかけて敵愾心を煽る。国家間の戦争さえ防げればそれでいい。英雄が出現しようと方針は変わらない」


「うむ、悪くないな」


 私の背中を叩いたディエラは、軽い足取りで扉のもとへと戻る。

 激昂寸前のグロムを、ルシアナが宥めていた。

 私への態度に怒っているのだろう。

 二人のやり取りをよそに、ディエラは優雅に髪を掻き上げる。


「今のところは順調じゃが、くれぐれも油断せぬようにな。どうしても困った時は、先代に頼るがよい。特別価格で協力してやろうぞ」


「……有料なのだな」


「当たり前じゃろう。賭博の借金が――いや、何でもない。とにかく遠慮せずに言うのじゃぞ!」


 ばつの悪い顔を見せたディエラは、逃げるように退室した。

 騒がしい足音は瞬く間に遠ざかっていく。

 後を追うようにグロムが部屋を飛び出していった。

 ディエラの説教をするつもりなのだろう。


 残されたルシアナは苦笑した。

 彼女は囁くようにして言う。


「色々と残念な方だけど、あれでもアナタのことを気にしているのよ?」


「ああ、分かっている」


 問題のある言動が目立つが、ディエラは先代魔王に相応しい一面も備えている。

 故に私も彼女を信頼していた。

 もう少し振る舞いを鑑みてくれれば完璧であるものの、ディエラにそこまで求めるのは酷だろう。


 遠くから反響するグロムの咆哮を聞きつつ、私とルシアナは事務作業に戻った。

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― 新着の感想 ―
某吸血鬼の「化け物を倒すのはいつだって人間だ。人間でなくてはいけないのだ」というセリフを思い出した。 コミカライズから読みに来たけどweb版面白い。 たまにコミカライズの続きが気になってweb版探して…
[一言] 借金か...w
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